28. 僕が守ってあげる
「シエルがここでコカトリスを撃ち落としたんだってね」
レオンは優しく微笑んだ。シエルの凄まじい功績は、兵士たちから何度も聞かされていた。伝説級の魔獣を、たった一矢で仕留めた少女の物語を。
「うん……あの時は夢中で……」
シエルは視線を逸らす。思い出すだけで、心臓が高鳴った。恐怖と興奮が入り混じった、あの瞬間の感覚が蘇る。
「そのおかげでルナの魔法が成功したんだよ。ありがとう……」
レオンの声は、心の底からの感謝に満ちていた。
「えっ!? そ、そうなの? よ、良かった……」
シエルの碧眼が驚きに見開かれ、次の瞬間、安堵に潤む。自分の戦いが、仲間の勝利に繋がっていた。その事実が彼女の心を温かく満たした。自分は一人じゃなかった。遠く離れていても、繋がっていたのだ。
「離れていても僕らはアルカナ……同じカードをめくっていくんだ」
レオンは遠くの空を見つめながら、静かに呟いた。その横顔には仲間を信じる誇らしさが浮かんでいた。
「そう……ね」
シエルもまた、流れる雲を見つめる。
二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。
「レオンに会えて……よかった……」
シエルの声は、小さく震えていた。本当は叫びたいほどの想いを、必死に抑えているかのように。
「それはこっちのセリフだよ。みんなに出会えてなければ、今頃奴隷にされてたんだ」
レオンは自嘲気味に肩をすくめた。だが、その言葉には嘘がなかった。あの裏路地で少女たちに出会わなければ、自分はもう奴隷として売られ、下手したらこの世にいなかったかもしれない。
「そんなすごいスキルを持ってるのに?」
「スキルはしょせんスキル。それに【運命鑑定】はみんなが上手くやった時に成功するってだけだから、成功の保証はないんだよね。失敗したら最悪だよ」
「そうなんだ……」
シエルは驚きに目を瞬かせる。てっきり、レオンのスキルは万能なのだと思っていた。
「だから、シエルたちに会えたことは、僕にとっては最高にラッキーだったと思ってるよ」
レオンの言葉は、心の底からの本音だった。その真摯な瞳に、シエルの胸が締め付けられる。
「うふふ……良かった……」
幸せそうに笑うシエルを見て、レオンはしみじみと言った。
「素敵な顔で笑うんだね」
「えっ!?」
シエルは思わず自分の顔を手で覆った。
思えば逃亡生活に入ってからと言うもの、心が休まるときが無かったのだ。常に追手に怯え、常に孤独に震え、常に絶望と隣り合わせだった。
それが、いつの間にか自然と笑えるようになっていた。心の底から、温かい感情が湧き上がってくるのを感じる。
「な、なんだか調子狂っちゃうわ……」
「いいじゃない、笑ってる方が可愛いよ?」
「か、可愛いって……ボク、男の格好してるんだよ?」
シエルの声が、可愛らしく上ずる。
「はははっ! そんな男装じゃ誰もごまかせないよ」
「え……? そ、そうなの?」
シエルは愕然とした表情を浮かべる。自信満々だった変装が、まるで通用していなかったなんて――。
「そうだよ。誰が見ても立派なレディーだよ」
するとシエルは口を尖らせた。その仕草が、また愛らしい。
「えー、今まで頑張って変装してきたのに……胸だってさらし巻いたりして……」
「え? これで巻いてるの?」
レオンは思わずシエルのふくよかな胸を覗き込んでしまう。確かに男装用のさらしで圧迫しているはずなのに、それでも隠しきれないほどの双丘が――――。
「いやぁ! エッチ!」
反射的にシエルはレオンの頬を張った。
パァン! といい音が響きわたる――――。
「痛てて……。ゴ、ゴメン……」
レオンは慌てて謝る。頬がジンジンと痛んだ。
「あ、いや、ごめんなさい。やりすぎちゃった……」
シエルも自分の過剰反応を後悔し、思わずレオンのほほをそっと撫でた。顔が真っ赤になってしまう。
「普通にさ、女の子の格好にしなよ」
「でも……それじゃすぐにバレそうで……って、こんなに目立ったら街に帰ったらバレちゃうな……」
シエルの声が、不安に震える。
「バレたってもう構わないよ。シエルは神業を持つ弓手なんだから、堂々と独立すれば」
「そう簡単に行くかしら……」
シエルは大きくため息をつき、うつむく。貴族社会の闇の深さを、彼女は誰よりも知っていた。
「大丈夫、僕の見た未来ではアルカナは五人のままだった。シエルもメンバーだったよ?」
「ほ、本当? でも、公爵家の権力は絶大よ? 絶対あの人たちどんな手を使ってでも捕まえに来るわ。そして捕まったら最後、あのハゲの王族に政略結婚させられるんだわ」
シエルの声は、恐怖に震えていた。過去の記憶が蘇り、彼女の身体を冷たい汗が流れる。
「大丈夫。何があっても僕が守ってあげるからさ」
レオンの声は、力強かった。迷いも、躊躇もない。ただ、真っ直ぐな誓いだけがそこにあった。