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24. アポカリプス

 つい先ほどまで、三万の魔物で黒く染まっていた大地が、今や灰色の荒野――――。


 風が吹く。


 灰が舞い上がり、亡霊のように空を漂う。


 その灰の一粒一粒が、かつて生きていた魔物の残骸。夢も、希望も、憎しみも、全てが等しく灰となって、風に散っていく。


 誰かが呟く。


「これは――終末(アポカリプス)だ」


 声が、恐怖で震えている。


 不気味な静寂が、世界を包む。


 後の歴史書には、こう記されることになる。


『聖なる浄化の朝』


 だが、この時の兵士たちの心に刻まれたのは、別の言葉だった。


終末(アポカリプス)


 大いなる力は神だろうが悪魔だろうが人の理解を超える。


 レオンたちは確かに街を救った。


 だが同時に、砦の兵士たちの心に、消えない恐怖の種を植え付けた。


 これが力というものの、真実の姿。


 朝日が、噴煙の向こうから弱々しく差し込む。血のような赤い光が、灰色の世界を照らし出す。



         ◇



 時は少し遡る――。


 エリナは隘路の陣地で、静かに運命の時を待っていた。


 東の空が白み始める。レオンたちが成功すれば、もうすぐ地獄が始まる。


「お前は出しゃばんなよ?」


 ブラッドの冷たい声が、朝の冷気を切り裂く。


「わ、分かりました……でも……」


「次は助けられんぞ?」


 鋭い眼光がエリナを射抜く。【運命鑑定】はエリナにボスを任せろと示していたが、コボルトにすら苦戦した小娘を、ブラッドは信じられないでいた。


「す、すみません……」


 エリナの肩が落ちる。黒髪が顔を隠すように垂れた。


 その時――。


 大地が激しく震動した。


「おぉっ!?」

「来たか!?」

「ほ、本当に……?」


 薄明の空を、漆黒の噴煙が切り裂いていく。まるで巨大な黒い剣が、天を貫いたかのよう。


 ドォォォォン!


 凄まじい爆発音が、森を震撼させる。鳥たちが一斉に飛び立ち、獣たちが恐慌状態で逃げ出していく。


「マジか!?」

「やりやがった……」

「す、すげぇ……」


 刹那、激しい地響き――――。


 津波のような振動が、大地を伝わって迫ってくる。


「これは……来る……」


 ブラッドが剣を握り締める。歴戦の勇者の顔に初めて緊張が走った。


 遠くから聞こえてくる、阿鼻叫喚の絶叫。

 三万の魔物たちの、断末魔の合唱。


 その時だった――。


 ポゥ――。


 エリナの全身が、突然虹色の光に包まれた。


「ナ、ナニコレ?」


 ポゥポゥポゥポゥポゥポゥ……。


 止まらない光の奔流。レベルアップの連鎖。


 体の奥底から、今まで感じたことのない力が湧き上がってくる。筋肉が熱を帯び、視界がクリアになり、時間の流れすら遅く感じる。


 ドドドドド……。


 足音が近づいてくる。死から逃れようとする、必死の足音。


「撃ち方よぉーーい!」


 ブラッドの号令に弓兵たちが一斉に矢を番える。


 オーガ、リザードマン、トロール――火傷だらけの魔物たちが、恐怖に顔を歪めながら突進してくる。

 

「てーーっ!」


 ブラッドの合図で矢の雨が降り注ぐ。


 矢が次々と突き刺さるが、死の恐怖に駆られた魔物たちは止まらない。


「撃ち方止め! 抜刀!」


 精鋭たちが剣を抜く。シャリィィンと金属音が、朝の空気を切り裂いた。


「おりゃぁ!」

「せいっ!」

「はぁぁぁ!」


 隘路を埋め尽くす魔物の群れ。押し合いへし合いながら、死に物狂いで突破しようとする。


 精鋭たちが次々と斬り伏せていくが、倒しても倒しても、後から後から湧いてくる。


 疲労が蓄積し、剣が重くなり、動きが鈍くなっていく。


「交代します!」


 エリナが前線に躍り出た。


 さっき体で覚えたブラッドの動き。

 最小限の足運び。

 無駄のない重心移動。

 呼吸と剣撃の完璧な調和。


 シュッ!と、オークの喉を切り裂く。


 ザシュッ!と、ゴブリンの心臓を貫く。


 ズバッ!と、リザードマンの首を跳ねる。


「ほう?」


 ブラッドの目が見開かれる。


 先ほどまでとは、まるで別人。剣速が桁違いに上がっている。


 エリナは相手の動きを読み、百分の一秒先を行く。剣技の極意――先読みと反射の究極の融合。


 そして驚くべきは、その持久力。


 二十体、三十体と斬り伏せても、剣速が落ちない。むしろ加速していく。


「エリナ! フォールバック!!」


 突然の後退命令。


「え……?」


 まだ戦えるのに……。エリナは困惑しながらも、渋々命令に従って下がった。


「くっ!」


 剣についた緑色の血を拭いながら、不満を口にする。


「ま、まだ行けます!」


 ブラッドが首を振る。だが、その表情は先ほどとは違っていた。



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