21. 剥き出しの本性
「大丈夫……落ち着いて……君なら、できる」
ジュゥゥゥ!
ルナの全身から溢れ出す炎の魔力が、容赦なくレオンの肌を焼く。服が焦げ、皮膚が赤く腫れ上がっていく。焼けた肉の匂いが、硫黄の臭気と混じり合う。
「えっ!? ダメっ! 離れて!」
ルナがパニックに陥る。振り返ろうとするが、レオンの腕がしっかりと彼女を支えている。
「レオンが焼けちゃう! 死んじゃう!」
「大丈夫だ」
レオンは激痛に顔を歪めながらも、決して手を離さない。額から汗が滝のように流れ、それすらも蒸発していく。
「ルナ、君は炎龍を操れる。焦らず、ゆっくりと……心を鎮めて」
「やってるけど、言うこと聞かないのよぉ!」
涙と汗で顔がぐしゃぐしゃになりながら、ルナは必死に杖を振るう。
「深呼吸してごらん……本当の自分を取り戻そう……」
ジュゥゥゥ……。
肉の焼ける音が、より一層激しくなる。レオンの腕は、もはや真っ赤に腫れ上がっている。それでも、彼は微笑みを崩さない。
「できると信じてごらん? 本当のキミには簡単なことなんだから……」
「本当の……私……? くっ!」
ルナは涙を拭い、大きく息を吸い込む。レオンの吐息が、痛みと共に確かな信頼を伝えてくる。
何度か大きく深呼吸を繰り返すと上空で暴れる炎龍を睨みつけた。
緋色の瞳が、竜殺しの魔力を宿して妖しく輝く。その瞬間、少女の中に眠っていた真の力が目覚める。
「炎龍よ!」
小さな体から、神をも畏怖させる威圧感が放たれる。大地が震え、空気がきしむ。
「戯れはこれまで! 我が命に従え!」
そして、凄まじい殺気を込めて叫んだ。
「従わなければ……ぶっ殺す!」
その瞬間、ルナの殺意が紫電となって炎龍を貫いた。龍を殺すために生まれた魔力が、その本性を露わにする。
ギョワァァァ!
炎龍が怯えたような咆哮を上げる。まるで天敵に出会った獣のように、身を縮こまらせる。そして、主人に従う忠犬のように、素直に噴気孔へと突っ込んでいった。
「ヨシッ!」
ルナが小さくガッツポーズ。
「ルナ! やったぁ!」
レオンも焼けただれた腕を震わせながら上げて喜ぶ。
それを見たミーシャは、一瞬の躊躇もなく前に踊り出た。全身から黄金色の聖なる光が溢れ出し、まるで女神が降臨したかのような神々しさ。
「聖なる封印!」
両手を天に掲げ、全魔力を解放する。黄金の光が巨大な盾となって、炎龍が突っ込んでいった噴気孔を完全に塞いだ。
噴気孔の奥深くで炎龍が大爆発する轟音が響き、凄まじい衝撃が聖なる盾を揺るがす。
山全体が、巨人が目覚めるかのように震動し始める。火山が、三百年の眠りから目覚め始めていた。
「ぐっ……!」
ミーシャの顔が苦痛に歪む。あまりの衝撃に聖なる封印が割れそうになっているのだ。しかし、彼女は決して引かない。
「いいぞ、ミーシャ!」
レオンは焼けただれた肌を痛そうにしながらも、励ましの声を上げる。
ミーシャは歯を食いしばり、シールドが破れないよう、必死に魔力を注ぎ続ける。額から汗が流れ、聖女の仮面の下から、彼女の真の表情が覗く。
「こんなところで……負けるもんですか!」
炎龍のエネルギーと噴気のエネルギーは出口を失い、噴気孔内で激しく渦巻き、亀裂を次々と広げていく。そこに流れ込む地下水が一気に蒸発し、水蒸気となってさらに圧力を上げていく。亀裂が徐々に広がり、マグマ溜まりへの道が開かれていく。
ゴゴゴゴゴ……。
地震が徐々に大きくなっていく。小石が跳ね、岩壁に亀裂が走る。
「もう少し……もう少しよ!」
額から汗を垂らしながらミーシャが叫ぶ。聖なる光が、限界まで輝きを増す。
「いいぞ!」「いけいけぇ!」
だが、次の瞬間だった――――。
パァン!と、聖なる障壁が、まるで薄氷のように粉々に砕け散る。虹色の破片が、薄明の光を受けてキラキラと舞い落ちた。まるで、希望が崩れ去るように。
「え?」「あ……」「あぁぁぁぁ!」
三人の顔が、希望から絶望へと塗り替えられる。
限界近かったミーシャの魔力が一瞬途切れてしまったのだ。
押さえつけていた圧力が全部抜け、盛大な水蒸気のキノコ雲が上空へと飛び去って行く――――。
地震が徐々に収まり、火山の鼓動が急速に弱まっていった。
「し、失敗……?」
ルナの顔が死人のように青白くなる。全身から力が抜け、杖を取り落としそうになる。
「あぁぁぁ! 何よこれ!」
ミーシャの震える声が、悲鳴へと変わる。
「どうなってんのよ! 十万人が……みんなが死んじゃうじゃない!」
ミーシャの空色の瞳が、怒りで燃え上がった。
聖女の仮面が完全に剥がれ落ち、本性が剥き出しになる。普段は「あらあら、うふふ」と微笑む顔が、鬼のような形相に変わる。
「お前! あたしでもできるんじゃなかったんかよ!?」
ドスの効いた低い声。まるで別人のような凄みのある表情でレオンを睨みつける。




