2. 運命の出会い
裏口から続く路地裏は、まるで忘れ去られた世界だった。
朝日すら遠慮がちに差し込む薄闇。腐敗した残飯と淀んだ水が織りなす悪臭。ここは、光の世界から零れ落ちた者たちが流れ着く、最後の吹き溜まり。
そこに、四人の少女がいた。
埃にまみれ、泥に汚れ、血が滲む。だが――。
レオンは息を呑んだ。
なんと美しいのだろう。
黒髪の剣士――エリナ。顔には殴打の青痣があるのに、その瞳は不屈の炎を宿している。まるで、傷ついた黒豹のように気高い。
金髪の僧侶――ミーシャ。聖女のような美貌は煤こけてはいたが、むしろ汚れた世界に咲く純白の百合のように、神々しささえ感じさせる。
赤髪の魔法使い――ルナ。小さな体を震わせて膝を抱えているが、その緋色の瞳には消えない情熱が宿っている。燃え盛る炎の精霊のような、危うい美しさ。
銀髪の弓手――シエル。男装で素性を隠しているが、その優雅な所作は隠しきれない。月光のような銀髪が薄汚れていても、碧眼の輝きは失われていない。傷ついた王子のような、中性的な美貌。
彼女たちは確かに汚れていた。傷ついていた。絶望していた。
だが、その姿は、泥の中に咲く蓮華のように――いや、地獄に堕ちた女神たちのように、圧倒的な存在感を放っていた。
レオンの瞳が、黄金に輝いた。
彼女たちの真実が、燃える文字となって浮かび上がる。
【エリナ・ブラックソード】
潜在能力:S級剣聖
現在状態:復讐の炎に焼かれる戦乙女
未来予測:このままでは一年以内に美しく散る
【ミーシャ・ホーリーベル】
潜在能力:伝説の大賢者
現在状態:仮面に本心を封印した氷の聖女
未来予測:誰にも愛されず、偽りの微笑みのまま朽ちる
【ルナ・クリムゾン】
潜在能力:古の竜殺しの魔力
現在状態:自身の力に怯える紅蓮の魔女
未来予測:暴走により最愛の人を灰にする
【シエル・フォン・アステリア】
潜在能力:神弓の継承者
現在状態:自由を求める籠の鳥
未来予測:売られて、壊される
――全員、世界を変える才能と美貌を持っている。
だが、このままでは、その輝きは闇に呑まれて消えてしまう運命だ。
「君たち」
レオンは口元の血を袖で拭いながら、声をかけた。
四人が一斉に顔を上げる。長い睫毛の下から、宝石のような瞳たちがレオンを射抜く。警戒、諦め、そして――かすかな希望。
「俺と組まないか?」
エリナが汚れた頬を手の甲で乱暴に拭った。その仕草すら、なぜか優美に見える。
「……あんた、誰?」
掠れた声。だが、その中に秘められた強さは隠せない。
「僕はレオン・グレイフィールド。さっき追放された、元Aランクパーティの軍師だ」
「はぁ?」
エリナの細い眉が吊り上がる。
「Aランク? エリートじゃない。あたしたちFランクの落ちこぼれを、嗤いに来たの?」
「違う」
レオンは四人を真っ直ぐに見つめた。
「君たちは落ちこぼれなんかじゃない。本物だ。俺には視える」
「何が視えるっていうの?」
ミーシャが静かに問う。聖女服は汚れていても、凛とした彼女の美しさは揺るがない。
「君たちの、真の輝きが」
レオンは一人一人を指差しながら告げた。
「エリナ、君は剣聖になれる。その美しき復讐の刃は、いずれ正義の剣となる」
「ミーシャ、君は大賢者の器だ。その仮面の下の本当の姿も含めて」
「ルナ、その魔力は竜をも屠る。恐れることはない、君は世界で最も美しい炎だ」
「シエル、君の弓は神域に達する。性別も身分も超えた自由が君を待っている」
四人が息を呑む。
生まれて初めて――本当に初めて、自分たちの価値を認めてもらえた。
ルナの大きな瞳から、新たな涙が零れた。
「そ、そんなの……信じられない……」
「信じなくていい。でも、一つだけ言わせてくれ」
レオンは魂を込めて告げた。
「君たちと一緒なら――世界を救える」
沈黙が流れる。
やがて、シエルが苦笑を漏らした。男装していても隠せない、その優雅な仕草。
「世界を救う? 恥ずかしいセリフね」
「僕には未来が見えるんだ。本当に、君たちとなら――」
「嘘つき!」
エリナが叫んだ。その美しい顔が怒りで歪む。
「どうせあんたも同じでしょ!? 優しい言葉で近づいて、利用して、売り飛ばす!」
剣を引き抜く。錆びた刀身だが、その構えは本物だった。
「そんなの信じられない!」
ルナも立ち上がる。小さな手に不安定な炎が宿る。
「男なんて、みんなクズ!」
ミーシャは微笑みを崩さないが、その瞳は氷のように冷たい。
シエルも弓に手をかける。
「消え失せろ!」
四人の殺気が、レオンを包む。
――そうだ、彼女たちは何度も裏切られてきた。
信じては裏切られ、希望を持っては絶望させられ。だから、もう誰も信じない。
レオンは後ずさりながらも、諦めなかった。




