12. これは奇跡だ
ギルドを出た瞬間、五人は息を呑んだ――――。
街が、死につつあった。
商人たちが血相を変えて荷物を馬車に投げ込んでいる。窓という窓に板が打ち付けられ、まるで街全体が棺桶になっていくよう。
「ママ、どこ行くのよぉ? おうち帰ろうよぉ!」
子供の泣き声が響く。母親は真っ青な顔で我が子を抱きしめ、震え声で囁く。
「大丈夫よ、すぐに帰れるから……」
その瞳には、二度と帰れないだろうという諦念が宿っていた。
老人が杖をつきながら、誰もいない空に向かって呟く。
「また戦か……もう、疲れた……」
石畳に座り込み、動けなくなった老婆に、誰も手を差し伸べない。皆、自分のことで精一杯だ。
レオンはぎゅっと目をつぶり、拳を握りしめる。
(この人たちを守れるのは、俺たちだけだ。でも……本当にそんなことができるのか……?)
「レオン、どうしたの?」
エリナは声をかけた。
レオンはバッと顔を上げるとみんなを見た。
「円陣を組もう!」
「円陣?」
エリナが首を傾げる。
「ああ。これから死地に向かう前に――誓いを立てたい」
五人が自然に輪を作る。
レオンがエリナの肩に手を置く。エリナは一瞬躊躇してから、ミーシャの肩に手を回した。ミーシャが優雅にルナの小さな肩を抱き、ルナが背伸びしてシエルの肩に腕を回す。そしてシエルが、輪を閉じるようにレオンの肩に手を置いた。
五人が肩を組み、顔を中央に向ける。
朝日が彼らを包み、まるで祝福の光環のよう。
互いの体温が、肩を通して伝わってくる。
エリナの肩――緊張で硬いが、初めて仲間に預ける肩。
ミーシャの肩――細く華奢だが、偽りの仮面を外した本物の温もり。
ルナの肩――小さく震えているが、もう逃げない覚悟が伝わる。
シエルの肩――意外にしっかりしていて、自由への決意に満ちている。
そして、レオンの震える肩――――。
ポタッ。
透明な雫が、石畳に落ちた。
「レオン?」
ルナが心配そうに覗き込む。レオンの翠色の瞳から、涙が止めどなく溢れていた。
「ご、ごめん……」
拭っても拭っても、涙は止まらない。
「昨日、僕は全てを失った」
声が震える。組んだ肩から、仲間の鼓動が伝わってくる。
「裏切られて、捨てられて……」
嗚咽が漏れる。
「でも今――」
顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃの顔に、太陽のような笑顔が咲いた。
「君たちがいる。信じてくれる仲間がいる! これは奇跡だ……」
その純粋な感情に、四人の瞳にも涙が浮かぶ。
エリナの黒い瞳に、初めて温かい涙が宿る。肩を組む力が、少し強くなる。
ミーシャの空色の瞳から、聖女の仮面では隠せない本物の涙が零れる。
ルナの緋色の瞳が、恐怖ではなく感動に潤む。小さな体が震えながらも、しっかりと仲間の肩を抱く。
シエルの碧眼に、素敵なみんなと同行できる自由への喜びの涙が光る。
「だから絶対に――」
レオンがギュッと目をつぶる。
「絶対に成功させる!!」
魂の叫びが、朝の空気を震わせた。
「おぉ!」
エリナが応える。肩を組んだまま、体を揺らして力を込める。
「おぅ!」
ミーシャの声。初めて見せる、素顔の咆哮。
「おー!」
ルナが涙声で叫ぶ。小さな体から、大きな勇気が溢れ出す。
「おぉぉぉ!」
シエルが吼える。檻から解き放たれた鳥の、自由の歌。
五人が肩を組んだまま、体を揺らし始める。
「生きて帰るぞ!」
レオンが再び叫ぶ。
「おぉ!」「おぅ!」「おー!」「おぉぉぉ!」
四つの声が、運命のように重なり合う。円陣が大きく揺れる。
「アルカナーーファイト! おぉーーーー!」
レオンは魂を込め、絶叫した。
「おぉーー!」「おぅっ!」「おーー!」「おぉぉぉぉ!」
五つの声が一つになり、空へ昇っていく。
通りすがりの人々が足を止めた。逃げ惑っていた商人が振り返る。泣いていた子供が涙を止める。座り込んでいた老婆が顔を上げる。
死にゆく街の中で、五人の若者だけが、生きていた。
誓い合った五人の姿は、まるで一つの生命体のように力強く、美しかった。
「あれは……新人たちか?」
「まさか、本当にスタンピードに……」
囁きが広がる。
あるのは、畏敬と、僅かな希望。
五人が歩き始める。
その背中は小さい。
でも、その影は――巨人のように、大きく、力強く、街に伸びている。
『アルカナ』の伝説の第一歩は、肩を組んだ温もりと、涙と共に刻まれたのだ。




