11. 素敵な舞台
レオンの瞳がゆっくりと開く。そこに宿る鋼の決意を見て、エリナが突然手を挙げた。
「はーい、『アルカナ』行きまーす!」
陽気な声が、死の静寂を切り裂いた。
一瞬の沈黙。
そして――。
「ぶはははは! 新人の小娘が何言ってんだ!」
爆笑が津波のように押し寄せる。
「スタンピードを舐めてんのか?」
「ゴブリン一匹も倒したことねぇだろ!」
「死にてぇのか、それとも頭イカれてんのか?」
罵声と嘲笑が容赦なく降り注ぐ。
エリナの手が剣の柄に触れ、黒い瞳に殺気が宿る。ルナは小さな拳を震わせ、悔し涙を堪える。シエルの碧眼が怒りに燃え、ミーシャの聖女の微笑みの下で、氷のような冷気が漂い始めた。
その時――。
「大丈夫です!」
レオンの力強い声が、まるで雷鳴のようにギルドを震わせた。
「僕らが、スタンピードを止めてみせます!」
「止める?! 馬鹿か!」
「お前らに何ができんだよ!?」
「遊びじゃねーんだよ!!」
しかし、ギルドは罵声で埋め尽くされる。
だが、レオンはそんな罵声にひるむことなく翠色の瞳でギルドマスターを真っ直ぐ射抜いた。そこには狂気でも虚勢でもない、純粋な確信だけがあった。
「情報をください! 敵の規模、進路、到達予想時刻――全て」
そのまっすぐな態度にギルドマスターは息を呑む。
この少年は、本気だ――――。
◇
執務室の重い空気の中、ギルドマスターが震える指で地図をなぞった。
「魔物たちは、このあたりを進軍中だ」
血の気の失せた顔で続ける。
「明日の夜明け、ストーンウォール砦に到達する。砦の兵力は三百。対して魔物は三万――」
「さ、三万!?」
その絶望的な数字に、さすがのレオンも叫んでしまった。
三万という途方もない数字が、死刑宣告のように少女たちの間にも響く――――。
さすがのミーシャも顔をキュッとしかめた。
そんな様子を見てギルドマスターの声が詰まる。
「え、援軍として向かうと決めたのは……」
そう言うと深々と頭を下げた。
「申し訳ない。君たち『アルカナ』だけだ。Aランクパーティ達にも声はかけているんだが……」
沈黙が流れる。本来なら、Aランクパーティが十、いや二十は必要な戦場。それを、結成したばかりの新人五人では――。
「軍は籠城戦の準備で手一杯。ストーンウォールで一匹でも多く削れというのが命令だが……」
言葉が途切れる。それは「死んでこい」と同義だった。
「ははっ! 十分です。ありがとうございます」
レオンは吹っ切れたように笑う。
「すぐに準備をします」
「待て……君たち、本当に……」
ギルドマスターの目に涙が浮かぶ。長年ギルドを預かってきた男が、初めて見せる感情。
「何を言ってるんですか」
レオンがぎゅっと拳を握る。その笑顔は、まるで春の陽光のように温かい。
「祝賀会の準備はお願いしますよ? 凱旋するんですから」
「が、凱旋……?」
ギルドマスターは目を大きく見開く。
「僕らは、勝ちに行くんです!」
エリナが不敵に微笑む。「そうですよ! 盛大にお願いします!」
ルナが杖を掲げる。「あたし、美味しいもの食べたい!」
シエルが弓を抱く。「ボクたちを信じてください」
ミーシャが優雅に頷く。「私たちのためのような素敵な舞台ですわ」
死地に赴く者たちの顔ではない。
まるで、輝かしい冒険の始まりを前にした、英雄たちのような――。
ギルドマスターは震える手を差し出した。
「お前たち……」
一人、また一人と、手を握っていく。
エリナの手は、剣だこで硬い。でも情熱のこもった温かさ。
ルナの手は、小さくて震えている。でも目には希望が燃えている。
シエルの手は、意外に柔らかい。でも決意に満ちている。
ミーシャの手は、優雅で冷たい。でも確かな意志がある。
そして最後に、レオンの手――――。
「必ず、生きて帰ってこい」
握手の手を力強く揺らし、涙声で告げる老兵に、レオンは力強く頷く。
「はい。この街はアルカナが守って見せます!」
翠色の瞳が、未来を見据えていた。
◇
ギルドの階段を下りていくと、野次馬たちがひそひそと遠巻きに一行を見る。
「新人どもが死にに行くらしいぜ」
「馬鹿な奴らだ」
「目立ちたがり屋め」
「せめて苦しまずに死ねるといいな」
野次馬たちの視線が、五人に突き刺さる。憐れみ、嘲笑――――。
しかし、レオンはただまっすぐ前を見て歩く。
四人の少女たちも、顔を上げて続く。
窓から差し込む朝日が、彼らの姿を黄金に染める。
「行こう! 僕たちの、物語を始めに」
レオンはドアを力強く開けた――――。




