02 魔女と勇者の再会
野外出張所をあとにして、花河岸へ向かえばどこもかしこも人だらけだった。
しかも先ほどとは違い、花や植物に興味を持つ有閑夫人ばかりだ。
まずルシファーが捕まった。
見目がいい男というのは彼女たちの絶好の獲物らしく、あっという間に取り囲まれて「見ないお顔ですが? 観葉植物にご興味が?」という質問から始まり、聞いてもいない自己紹介と「この後、お時間があればお茶でもいかが?」という誘いに続いたあたりでジャンヌはルシファーから離れた。
抱き上げようとしてきたルシファーを拒否して正解だった。
もし抱かれていたままだったら夫人包囲網を抜け出せなかっただろう。
「ジャンヌっ」
「許せルシファー、バタールを見つけたらすぐ戻るから」
人混みにもまれるルシファーに軽く手を挙げてからその場を足早に後にする。
事前に「人間に害を及ぼさないこと」と言い含めている為、そうそう暴力的な行動は起こさないだろう。
「でね。もう笑顔がとっても素敵で、さすがドーレリャンの勇者様って感じだったわ」
「私も一目見たかったわ~」
短くなった歩幅に苦労しながら周囲を見回していたところ、聞こえてきた会話だった。
ジャンヌは、すぐさま声の主へと足を向けた。
ほどなくして、ひときわ観葉植物を買い込んだ夫人が目に入る。
大量の観葉植物を背負った人足の「そろそろ帰りませんか?」といった目線など気づかぬとばかりに、他の夫人との会話に花咲かせる女性へと近づくと声をかける。
「あの、その勇者とはどこで?」
「あら? かわいらしいお嬢さんね」
夫人はジャンヌに近づくと、突然の質問にも関わらず指をさして方向を示してくれた。
「あちらの方でつい先ほどね。ずい分と急いでらしたから、もういないかもしれないわ。でも、こんなお嬢さんにも知られているなんてやっぱりドーレリャンの勇者様は」
「ありがとう!」
情報はありがたかったが、急いでいたという言葉に、ジャンヌは慌てて頭を下げると夫人の指差した方へと走った。
低くなった視界で唯一幸いだったことといえば、人混みをぬうのが比較的楽だという点だ。
もちろん、相手の視界に移りづらいから無意識にぶつかられやすいが、それはこちらがさければいいだけのこと。
指さした先にフード付マントをかぶった大人の姿を見つけ、ジャンヌはその裾を掴んで引っ張った。
振り返ったのは長年の知己。
四〇〇年前に組んだパーティのリーダーである勇者の変わらぬ姿がそこにあった。
きょろきょろと宙を見る相手に声をかければ、やっと目が合い、青玉の双眸が見開かれる。
真面目でいつも向こう見ずなジャンヌをたしなめていたジルの動揺した表情は珍しく、ジャンヌは久しぶりの再会と相まって思わず笑いだしそうになったのを必死で抑えた。
「ジャネット……?」
ジャンヌの愛称を呼ぶジルに、笑顔を返す。
「久し」
「そんなはずはない!」
久しいなバタール、そう自分も愛称で呼び返そうとしたジャンヌの強い口調でさえぎり、ジルは頭を振った。
ジャンヌは首をかしげる。
「彼女はすでにもう」
「あ?」
「まさか……彼女の娘……いや、孫……? 生き写しといってもいいぐらい似ている」
手に持っていたスミレの花束を地面へと落ちる。
ジャンヌと目線を合わせるようにその場に膝をつき、そっと頬を撫でる指先は震えていた。
明らかに様子がおかしい。
「おいバタ?」
「ジャンヌひどいぞ、おいていくなんて」
また言葉をさえぎられ、ジャンヌはため息を吐きながら振り返った。
「もう追いついてきたのか」
視線の先のルシファーの髪は少しはね、服は若干よれていた。
おそらくそこらじゅう触られてもみくちゃにされたに違いない。
不機嫌といった表情を隠さないルシファーはジャンヌを抱き上げようと手を伸ばしたが、それをさえぎるようにジルの手がジャンヌを引き寄せる。
ジルの腕の中に抱えこまれるような形になったジャンヌは、眉をひそめてまた首をかしげる。
「失礼、貴殿は? この子の父か?」
「父? 違うな。夫だ」
かつて今まで一度も聞いたことのないような冷たい声音で尋ねるジルと、それに対し片眉を吊り上げ不快だといった表情をあらわにするルシファーを見上げる。
「夫? 幼女趣味でももっているのか?」
「ジャンヌだったらどんな姿でも構わないが、お前にそれが関係あるのか?」
「関係? ……あるさ。もしこの子が彼女の娘だというならな。私に口出す権利はある」
「はんっ、権利? 権利だと? 何様だ」
頭上で繰り広げられる会話に対し、ジャンヌはひたすら疑問符を浮かべる。
(いやいや、何をそんなに喧嘩腰なんだバタール。そして、お主もお主でわしの友人に対する態度は何なんだ。そりゃ、宿敵かもしれんが……はっ、そうだ敵だった)
つい忘れかけていた事実に気づいて、剣呑な空気を隠さない両者の間に割って入る。
「ちょっと待った!!」
このままでは本当に戦闘が始まりかねない空気だったし、なにより収拾がつかない。
ジャンヌが勢いよく頭を上げれば、ちょうどいい位置にあったジルの顎に頭部がクリーンヒットした。
「うぐっ」
「そもそも会話がかみ合ってない! わしはわしの娘じゃない! 正真正銘ジャンヌ本人だぞバタール」
不意打ちの衝撃にうめくジルの両頬を小さな手のひらで押さえ、無理やり顔を自分へと向かせてその青玉の双眸を覗き込む。
告げられた事実を反芻するかのように、ジャンヌを映した双眸が幾度か瞬きを繰り返した。
「……本当にジャネットなのか?」
「だからそう言っている」
額と額がくっつく距離で肯定すれば、ジルの双眸が歪んでまるで泣きそうな様がよく見えた。
「会いたかった」
震える声音と共に強く抱きしめられながらジャンヌはため息をついた。
「なんだ大げさな。数日連絡がとれなかったぐらいで」
「何を言っているんだ!? 君と連絡がとれなくなってから今日でもう五〇年だ!」
「は?」