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伝説の魔女の初恋  作者: 霞アサ
魔女と魔王と勇者
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02 魔女と魔王の城下巡り

 数時間前の苦労にジャンヌは思いをはせる。




「はねむーん、だと?」

「あぁ、どこがいい? 地獄の名所巡り、はあまり見ていて目に優しいものではないな。宇宙の果てにでもいくか? 渦から星が生まれ燃え死ぬ様は美しい。時間はかかるが、猶予はまだある。好きなところに行こう」

「待て待て待て」


 ぱちん、ぱちん、と指先を鳴らす音がするたびに目まぐるしく変わる目の前の風景は見たことがないものばかりだ。

 高速で移動しているのは理解できるが、そう簡単に世界を縦横無尽に動き回らないで欲しい。

 相手の規格外の魔力を見せつけられて、本当にこの魔王を我々は倒したのか? と思わず自問自答に囚われそうになり、ジャンヌは慌てて首を横に振った。

 ルシファーのペースに呑まれてなるものか、という抵抗の現れであった。


「なんだ?」


 高速指ぱっちんが止まったすきにジャンヌはたたみかける。


「お主の茶番に付き合ってやる。だがその代わり、行く先はわしが決めるぞ」

「別にいいが」

「よし! では、まずその姿をなんとかするぞ」


 きょとんと目をみはる悪魔を睨みつけながら指さす。

 目標は主に頭部だ。


「姿?」

「そうだ。まずその角、そして目、腕、すべて悪目立ちしすぎる」


 抱きかかえられながら順々に指さしていくジャンヌの姿は、本人は必死でもルシファーから見れば可愛い以外の何物でもない。

 ルシファーはジャンヌの言葉を半ば聞き流し、その動きに集中していた。

 ジャンヌもルシファーの意識がそれていることに気づき、魔力を込めて握った拳を顔面に叩き込んだ。


「話を聞け」

「可愛いお前が悪い」


 今度は見えない障壁ではじき返されることはなかったが、ジャンヌの細腕はたやすくルシファーの大きな手のひらに掴まれてしまった。


「こんなにも細く小さくなって」

「お主の仕業じゃろう」

「可愛い」

「話を聞けこら」


 細腕を捕らえ、にぎにぎと幾度か軽く揉んだ後、至福の表情を浮かべる魔王をどう処すか。

 ジャンヌの心には殺意の波動が渦巻いていた。

 だが魔法を使おうと意識して自覚する。どうやら魔力まで幼少期にもどってしまっているらしい。

 一般的な同じ年頃の人間よりはあるが、全盛期の自分と比べれば小さじ一杯にも満たない。


(ルシファーは完全復活を果たしているというのに、自分ばかり)


「話は半分聞こえていた。姿を変えるとかいう話だったな。角と目か?」

「それと腕だ」


 魔族が人間と違うのは内包する魔力量だけではない。肉体の構造からして違うのだ。

 目の前の魔王も例にもれなかった。

 血が通っているのか怪しいほど青白い肌はまだマシなほうで、決定的に違うのは頭部と腕だ。

 ねじれながらも天を向くまがまがしい真紅の角、目は人間であれば白いはずの強膜が黒く染まり、縦に細まった瞳孔が目立つ瞳は鮮やかな血色をしていた。

 そして、首には首輪のように紅の逆十字型の刻印が浮き上がり、ツギハギされている両腕は赤黒く異質だった。


「ジャンヌは俺の容姿が嫌いか?」


 甘えた犬が出す、くーん、という声が聞こえてきそうな表情をするルシファーに、ジャンヌは頭が痛くなってこめかみをもむ。


「わし自身は気にならんが、そういう話をしているのではない」


 これからジャンヌが赴こうと思っている地は人間しかいない。

 さすがに人間にはルシファーの姿は看過できないだろうと思われた。


「もしお前の魔力でどうにか、という話ならば、できないぞ。自分自身がわかっているだろう?」


 まさに先ほど自覚した魔力量の少なさを言い当てられて、言葉がつまる。

 変化の魔法はかける相手より格上とまでいかなくとも、それなりに拮抗していないと効果がない。


「仕方ない。ジャンヌの願いだ。姿を人間に寄せればいいのか?」


 自ら変化しようする魔王の譲歩に、ジャンヌは負けた気持ちになって眉をしかめた。


「くそ、ずるいぞ。お主だけペナルティなしで復活するなんて!」

「そうはいってもなぁ。俺とて弱体化はしているぞ」

「うそつけ」

「うそではない。お前と俺で生きてきた時間が違う。全盛期と比べれば大分落ちている」


 まったく信じられない、信じたくないことを平然と言う目の前の悪魔に殺意の波動が再び渦巻くが、ここで拗ねていてはまさに心まで子供になってしまう。


(こののらくらとした魔王相手に癇癪を起しても仕方あるまい。ここはひとつわしの方が大人にならねば)


 内心の悔しい思いを抑え込み思考を巡らす。


「ルシファー」


 初めて名前を呼べば、呼びかけたこちらこそ驚いてしまうほど、ルシファーはぴたりと動きを止めた。

 不気味なほどに動きを止めている相手に、ジャンヌはゆっくりと問いを投げかける。


「……お主はわしの姿を変えたな?」

「変えたというか、お前の残った生命力と魔力で維持できる肉体を考えたら、結果そうなってしまったわけだが」


(さっきは逃がさないため、と言っていたくせに)


 動揺の現れか。

 先ほどと違う主張―――おそらくとっさに本当のこと―を言ってしまって慌てたのか。

 ルシファーは口を抑えてそっぽを向いた。


「変えたな?」

「……まぁ、そうだな」

「では交換条件だ! お主はわしを変えた。だからお主も姿を変えるんじゃ」

「そんなこと言わないでも、先ほどから我の力でなんとかすると」

「わしはな。対価のない頼み事というのは嫌いじゃ」

「そうか?」

「あぁ、対価のない頼み事は義理がない。叶えてもらう側も叶える側も助け合わなければ」

「しかしお前の先ほどの対価はいわゆる屁理屈だった気が」

「うるさい」


 屁理屈の自覚がある分、それ以上の反論を聞きたくなくて、ジャンヌは振り向いてきたルシファーの口を両の手で慌てて抑えた。

 小さくなった弊害で片手だけでは足りなかったのだ。

 紅葉のようなてのひらで触れた口元が歪むのが伝わってくる。


「くふふふ」

「笑うな」

「悪魔は願いに対価を求めるからな。我々の理屈でもお前の考えは好ましいものだ。しかし、本来人間は見合った対価など払わないし、願いだけは無尽蔵に湧き上がる」

「むむむ、そういわれると弱いな」


 ジャンヌの思想と、人間という種族の実情が違うのはよく理解している。

 義理を通さない世界もジャンヌが世俗から離れた理由の一つだった。


「神は古来より様々な種族に様々な制約を課したが、人間には驚くぐらいにそれがない。なぜか? それは弱いからだ」


 ジャンヌを抱き上げていない方の赤黒い異形の腕が伸び、似つかわしくない優しさで、そっとその頬をなでようとする。壊れ物をあつかうかのように。

 実際、魔族にとって人間の肉体など容易く壊れるものだ。

 ジャンヌの頬に触れた途端、毒々しさすら感じる尖った爪は短く、赤黒い色素は指先から抜け落ちるように空気に溶け、ツギハギだらけの腕は瞬く間に人間のそれとそう変わらない姿へ変化していた。

 そのまま頬に触れた指先が、こめかみから毛先まで銀の髪へと流れ、一房の髪を持ち上げた頃には青白い肌はほんのりと色づき、ついでとばかりに尖った耳も丸くなり、黒髪をかき分けて生えていた角も消え、首の刻印以外は人間とそう変わらない姿になった。

 ルシファーが、歌うように言葉を紡ぐ。


「それでも、そうあろうと思い行動するお前だからこそ、強く強靭な魔力を持ち、神に俺の敵対者として選ばれた」


 一房の銀の髪にそっと祈るように口づけをしたルシファーは、ジャンヌを見つめ、変化させた双眸を細めた。


「だからこそ、俺もお前が欲しいと望んだ」

「……なんだか屁理屈を言ったわしが子供になった気分になる」


 大人然とあろうとした結果、相手との器の違いを見せつけられた気になってジャンヌは自らの顔をおおってうつむいた。

 人よりよほど長く生き、弟子もいる身だというのに、この魔王の前ではまるで心まで十代の少女に戻ってしまったかのように感じてしまう自分が不思議だった。

 それに対し、ルシファーは軽やかな笑い声をあげる。 


「じゃあ、ジャンヌ。お前が差し出す対価は俺が決めよう」

「なんじゃ? 魔王らしく命とでもいう気か?」

「名だ」

「は?」

「我が名を呼べ」

「……それだけでいいのか?」

「くふふふ、そうだ。それだけ、だ」


 手のひらごしに伺えば、曇りない笑顔で返される。


(魔王に言うことをきかせる対価として軽すぎないか?)


 そう思うが、相手がそれでいい、と言っているならば、いいのかもしれない。




 ジャンヌは、差し伸べられた手に、そっと小さくなった手を重ねた。

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