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伝説の魔女の初恋  作者: 霞アサ
魔女と魔王と勇者
18/19

06 魔女、養女になる

「えぇ、もちろん! 存じておりますわ!」


 わっ、と歓声のような声を上げブルトンがうなずく。


「あんな素敵なドレス。乙女の夢ですもの!」

「ミレイユお嬢様も欲しがってましたね」


 ブルトンに続きミレイユまで力強く語る。

 ミレイユはもとより、男爵家の侍女と言えど、彼女たち自身貴族階級(ノブレス)の縁戚者であったり中産階級(ブルジョワジー)の令嬢だったりと育ちはよかった。

 かつ年頃の恋する乙女ならばもしやドレスの機微にも詳しいのではないかと思い聞いてみたのだが、予想外に食いつきが良くてジャンヌは目をみはる。


「でも」


 アンリエットがくもった表情を浮かべる。

 他の侍女たちとミレイユやジャンヌの視線を浴び一瞬たじろぐ彼女に、ジャンヌは続けるよう無言で促した。


「あくまで、噂なのですが」


 そうそえた上で、アンリエットは小声で語りだす。


「最近、王妃様の元に新しいモード商人が出入りするようになったそうですわ。ロール夫人といわれるのですが《可愛い娘のドレス(ローブ・ド・ミニョン)》に使用しているゴール王国のレース(ポワン・ド・ゴール)だけは彼女と取引しているものだと……」

「あら? ロール夫人でしたの? それは確かにちょっと心配ですね~。彼女の用意する品は少し問題がある時が多いと聞きますから」


 ロール夫人の名が出た途端、どおりで、といったように納得するヴィクトワールに対してジャンヌは首をかしげる。


「あの、モード商人とはなんです?」


 さすがに王都の細かい商人までは精通していなかった。

 ミレイユを見れば、彼女もまだそこまで詳しくはないのかジャンヌと同じようにきょとんと眼を瞬かせていた。


「お嬢様はまだこちらに来られて日が浅いですものね。せっかくですしミレイユお嬢様の教育も兼ねて説明されては?」


 アンリエットの提案に、ヴィクトワールも一つうなずくと口を開いた。


「モード商人は名前の通り流行(モード)に関わる服飾品を商う者達のことです。ロール夫人が扱う品は専門店の垣根を越えて多岐に渡っております。ですが、モードを追うのは得意なのですが、スピードを求めるあまり、でしょうか? どうにも質が悪いものも多く……ある程度目利きが出来る者はさけておりましたの」


 だから、あまりモード商人と関わらないように、とミレイユに忠告するヴィクトールに、ミレイユは大人しくうなずく。


「でもでも! 王妃様のお気に入りとなれば、それももうなくなるかもしれませんよ!」


 その横でヴィクトールの言葉とは逆に、みんな幸せになる、とばかりに天真爛漫な笑顔を浮かべるブルトンに対して、アンリエットが眉根を寄せる。


「それよそれ。王妃様のお気に入りって本当なの? だって、そんなの御用モード商人のベルタン夫人が黙っておられないでしょう?」

「ベルタン夫人?」


 次から次に出てくる知らない名前に目を瞬かせる。

 ジャンヌの疑問に対して口を開いたのは困ったような笑顔を浮かべたヴィクトワールだった。


「王城においてどの職人を重宝するかは王妃様をはじめとした宮廷で働かれている高位貴族のご夫人方の領分なのです。あの方々に一度でも気に入られれば御用商人となり、職人といえども絶大な権力を誇るのですよ」

「なるほど、だからこそ、すでに御用商人になっている人間からすると……」

「はい。目の上のたんこぶになってしまう、というわけです」


 ヴィクトワールは自身の瞼を指さしながら苦笑する。


「でもでも! 今回のレースの出来栄えは素晴らしいそうですから! もしかしたら心を入れ替えたのかもしれませんよ」

「あのね、ブルトン。そういう問題じゃないのー! 話聞いてたかしら? いくら質が良かろうが表立って重宝すればベルタン夫人が怒っちゃうって話を今してるのよ!」


 両の手を叩き合わせながら言うブルトンの耳をつまみ、アンリエットが呆れた表情を浮かべながら解説を足す。


「だから噂なのよ。ロール夫人もベルタン夫人と対立したいわけじゃない。けど、野心もあるのでしょうね~。名を知られなくとも、王妃様が認めて評判になる良い品を一度でも納品できれば勝ちですから」


 新しい服のスタイルは王妃風、髪型も王妃風、宝石、靴、香水、果ては台所の食器まで、優雅なものはすべて王妃風と名がつくほど、宮廷のモードを決めるのは王妃だった。

 その王妃が一度でも認めたという事実さえれば、例え御用商人とならずとも、ロール夫人と取引したい人間は山ほど現れる。

 ヴィクトワールのまとめに対してブルトンは理解したのか、してないのか。

 首をかしげながらも、とりあえずうなずいとけといった態度であった。


「色々とやっかいな事情が絡んだドレスというわけですね」


 ジャンヌがそう締めれば「そうなんです」とアンリエットがうなずいた。


「お嬢様はなぜ《可愛い娘のドレス(ローブ・ド・ミニョン)》のことをお知りに?」

「あ。えーと、デュノワ伯爵夫人のところで薦められて頼んでみたのですが……」

「あぁ、デュノワ伯爵夫人からでしたか。あの方のお立場であれば商人の顔色を伺う必要もないので影響はないですね」


 疑問に答えれば、ヴィクトワールが安堵のため息を漏らす。

 まだやってきて間もないジャンヌが、商人同士の厄介な争いに巻き込まれるのを嫌ったのだろう。


「でもお嬢様の頼まれたドレスはもう少々お時間がかかるかもしれません」

「え?」

「最近はゴール王国のレース(ポワン・ド・ゴール)を取り寄せようとしてもなかなか取引できないとも聞きますので」

「あぁ」


 ヴィクトワールの苦笑に納得しかけて、ふと思う。


(だとしても、有名になるための布石としてレースを取引していたならば、今こそ絶好のチャンスでもあるのでは?)


 時期尚早、との判断だろうか。いまいち腑に落ちない。


(そのロール夫人とやら、色々とあやしいな)


 心のなかのメモに書きとめ赤丸をつけておく。


「でも、噂とはいえこんな悪口みたいな、はしたないですよね。申し訳ありませんお嬢様」


 ぺこり、と頭を下げるアンリエットの素直さにジャンヌは目を瞬かせる。

 人の悪口で盛り上がるのは確かによろしいことではない。

 だが、悪口を言えるほど相手のことを調べ、よく観察しているとも言える。


「誰だって情熱があればあるほど気になるものです。情熱の裏返しを責める必要はないかと」


 微笑みつつ答えれば、侍女たちが目をみはって黙り込んだのち頬を赤らめる。




 そのリアクションがどうにも恥じているというのとは違う気がして、ジャンヌはまた首をかしげた。


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