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伝説の魔女の初恋  作者: 霞アサ
魔女と魔王と勇者
17/19

05 魔女、養女になる

「な」

「届いてた」

「いつ!? いや、なんでお主のとこに!!」

「ん? 保護者だから?」

 

 首をかしげるルシファーは人をからかうような笑みを浮かべている。

 すれすれの会話ばかりするが、ルシファーも仮の肩書のことは一応意識しているらしい。

 ミレイユと侍女の耳があるのに気を遣ってか気分なだけかは分からないが、とにかく「夫だ」と主張しないのはありがたかった。


「お嬢様宛の書簡はすべて公爵様へ回すよう仰せつかっておりました」

「さすが公爵様ですわ!」

「おい」


 侍女の補足とミレイユの絶賛を聞いて、ジャンヌは眉間にしわを寄せて低い声をだす。

 前言撤回だ。何を勝手なことをしてくれているのだ。

 しかし、ジャンヌが文句を口にするより早くミレイユが口を開く。


「その方が正解ですわ。大公様が男爵家の養女に個人的に手紙を贈っているだなんて知れる方が面倒ですわよ?」

「む?」


 口をへの字にしたままミレイユをみれば、そんなことも分からないのかとでも言いたそうに肩を竦めて呆れられた。


「この場にいる侍女たちは問題ないですけれど、館に出入りしている使用人以下すべての人間まで信用するのは難しいでしょう? 漏れる前提で考えた方がいいですわ。大公様が亡命してこられた公爵様を気遣って手紙を贈っているならば不思議でないですし」

「む! む? むぅ~」


 その通りである。

 社交界デビューもまだ果たしていない少女であろうが、噂がもたらす破壊力をちゃんと理解しているのだろう。

 ジャンヌとて、ジルにこれ以上弟子以外の余計な面倒ごとを押しつけたいわけではないので、ミレイユの言葉に口を尖らせつつも納得するしかなかった。


(とはいえ、絶対に、コイツはそこまで考えていない!!)


 ジャンヌは自らの浅慮さを恥じつつも、横で書簡をふりふりと揺らしながらドヤ顔をする悪魔を睨みつけた。


「緊急性のないものばかり届いていたぞ。今日の天気がどうだとか新しい菓子が手に入っただとか」

「なにしれっと中身を読んどるんじゃ!」 

「安心しろ。返事はしておいてある」

「は?」


 再び指を鳴らす音が響くと同時、ジャンヌの目の前に羊皮紙が一枚ぴらりと現れる。

 真紅の光をまとい宙に浮く羊皮紙にはたった一言。


〈う る さ い〉


「これを返しておいた。まったく、毒にも薬にもならないものばかり送ってくる奴だな」

「お、おっぬ~し~!」


 宙に浮いた羊皮紙を素早く取って丸めると、勢いよくそれでルシファーの頭をばこんと叩いた。


「人様の手紙は勝手に読んじゃあいけません! そう習わんかったのか!」


 親にも殴られたことがないのに、とでも言いたそうな表情でルシファーはジャンヌを見つめるが無視だ。

 そのままルシファーの胸倉をつかんで凄む。


「バタールから来た手紙を全部出せ。無視されたくなければな」


 くーん、と犬のような鳴き声を上げた後、ルシファーが指を鳴らせば、テーブルの上にどさりと音を立て大量の書簡が現れた。

 それを確認してから、ジャンヌはしっしっと手を振ってルシファーを追い払う。

 ミレイユがルシファーのために救急箱を持ってくるよう侍女に指示していたが、そんなんで傷つくような柔な男ではない甘やかすな、と舌打ちしたくなるのを堪えた。


「しばらく近づくな」

「ひどいぞ」

「ひどいのはどっちじゃ。大体バタールへの借りを返さねばいつまでたっても住処に帰れんのだぞ」

「住処!」


 ジャンヌのぼやきに反応したルシファーが目に見えて喜びの表情を浮かべる。

 犬で例えるならば、耳と尻尾をピンと立てた様子とでもいおうか。


「なんじゃ?」

「つまり、ジャンヌの家で一緒に暮らすということだな?」

「まぁ、まずは家を建て直すことになるだろうが……そうじゃな」


 今とて一緒に暮らしていることには違いないが、ジャンヌの家には執事も侍女も使用人もいないし、人目を気にする必要はなくなるだろう。

 肯定に対し、ルシファーはうんうんとうなずくと「そういうことなら理解した」と言って、指を鳴らして物理的に姿を消した。


「あぁ、公爵様!?」

「心配せずともそう遠くはいっておらんじゃろ……なにをはしゃいどるんじゃアヤツ」


 ルシファーが消えてあからさまに意気消沈するミレイユを横目に、やれやれ、と呆れながら座りなおす。

 三通ほど封が切られていたが、それ以外は未開封だった。

 まずはと開封されているものから読み進めるが、ルシファーの言う通り当たり障りのない日常の様子をうかがうものが多い。


 男爵家では行き届かないこともあるかもしれない。

 不自由があれば伝えてくれ。

 君が望むだけのすべてを用意しよう。


 至れり尽くせりである。

 ところで、ジャンヌが知るバタールは決して女性に気を遣えるタイプではなかった。

 だからこそ少し意外だったが、人は成長する。

 バタールも長い宮廷生活で気遣いを身につけたのだろう。


「マメな男になったのぅ」


 ジャンヌがしみじみと呟く。

 権力を持ち見目も良く女性への気遣いも花丸だというのに特定の相手がいないのがもったいない。


「王国内の女性では寿命の問題があるのか? ふーむー、ティターニアあたりはどうかな?」


 長命な種族である二人目の弟子と並ぶ姿を思い浮かべてみる。

 案外お似合いかもしれない。

 タイミングがあれば提案してみようと思いつつ未開封の書簡へ手を伸ばす。

 最初は開封していたのに途中で辞めた理由を考えてみたが、おそらく。


(途中でめんどうくさくなったな……)


 相手への気遣いは美徳であり、女は紡がれた言葉が多いほど安心を抱くが、男は言葉は最低限、あとは行動で語ることが多い。

 ルシファーからしたら過剰な気遣いに辟易したのだろうことは想像に難くない。

 ジャンヌが指を鳴らすと手元に彼女愛用のペーパー・ナイフ(クップ・パピエ)が現れた。

 特に気取った装飾が施されているわけではないが、剃刀のように鋭すぎず、紙を切るに程よい鈍さである。

 ゴール王国の活版印刷業者は三回折るにとどめて製本するのが常だったので、袋状になったページを自分で切らねば先に進めない。

 こうした本の構造ゆえに、紙を切るナイフがどうしても必要になる。

 特に、ジャンヌのような研究書に埋もれる本の虫には。


「届いたのはいつじゃ……?」

「いつからですか? ですわお嬢様」

「い、いつからですか?」

「はい。三日に一通ずつ届いておりました~」


 一番愛嬌がある笑った時のえくぼが可愛い侍女―――アンリエットに指摘されて言い直せば、一番長身でおっとりとしている侍女―――ヴィクトワールが空になったカップにショコラを注ぎながら笑顔で答えてくれた。

 ルイが「他国で自分の出自も知らずに育ったゆえに言葉遣いがおかしいが都度優しく教えてやって欲しい」と説明していたので、館の人間はみな何かと指摘するのが日常と化していたのだ。

 先ほどまでは形式上の保護者であるルシファーがいたので口をはさまなかったのだろうが、今はミレイユとジャンヌしかいないので口を出してきたのだろう。

 ミレイユをちらりとみれば、呆れたようなため息を返された。頬に熱がたまる。

 最初は口調なんて簡単に変えられると自信満々に思っていたが、いざ実際にやってみるとなかなかに難しく、指摘されるたびにジャンヌはまたやってしまったと恥ずかしくて真っ赤になってしまうのだが、侍女たちはそんなジャンヌが可愛くて仕方がないらしく。


「あまり気にされないで下さい!」

「そうですわ。聡明なお嬢様ならいずれ身に付きますよ~」


 何かと励ましてくれる。

 これも、ジャンヌが新鮮さを感じる理由の一端であった。

 こほんと咳ばらいを一つすると、気持ちを切り替えて目の前の書簡を見つめた。


「……しかし、ほんとにマメですね……」


 さすがに多すぎではないだろうか、と一瞬表情をくもらせる。

 四通目以降はルシファーの手から先に渡っていないと気づいたのか。

 様子を尋ねる気遣いの合間に「どうせ元魔王の手に渡っているんだろうけど」や「あとからぽっと出の悪魔が」などの悪態も混じっていた。

 だんだん粗くなる言葉遣いと文字の方が、ジャンヌにとってはよく知るジルを感じさせて、思わず吹き出しそうになる。

 雑になる内容のなか、それでもこれだけは、と伝えられた情報を拾い上げていく。要約すると。


 例のドレス、デュノワ伯爵夫人配下の仕立師(タイユール・ダビ)も絹織物職人もレース職人もリボン屋もボタン屋も怪しい出自ではなかったよ。

 それ以上詳しくというのも、ジャネットも知っての通り私は門外漢だからね。

 やれやれ、困ったね。

 

(困ったね、じゃない!)


 笑顔でお手上げだとでも言ってそうなノリである。

 頭を押さえながら続きに目を通せば「慎重に動くから少し時間がかかる」と記されていた。

 立場ゆえに色々と面倒な制約があるのだろう。


「大公様はなんと?」

「ついに大公様にも春が来られたのですね!」

「三日に一度のお手紙なんてきっとお嬢様のことが気になって仕方がないのですわ~」

「大公様、趣味が悪すぎではなくて?」


(はじまったな)


 興味津々な問いかけはアンリエットだ。

 それに続くようにして一番幼く小さな体に無邪気とおしゃまさをつめこんだミレイユの侍女―――ブルトンが瞳をキラキラと輝かせながら口を開き、最後にヴィクトワールも同意する。

 ちなみに一番最後のちくちく言葉はミレイユだ。

 館の客人であり他国の公爵という肩書のルシファーが消えた途端、三人の侍女たちはミレイユと一緒になって恋する乙女のように憧れの大公様の話に花を咲かせる。

 以前を知っているならともかく、今のジャンヌは幼い少女のなりだというのに、侍女たちは大公の意中の相手はジャンヌだと疑っていなかった。

 王族の婚約は一三歳で行われることもあるから早すぎることはないのかもしれないが、それは両者ともに若い場合だろう。

 冷静に考えればないと思うのだが、彼女たちは理論的な会話を望んでいるわけではなく、自分が思い描くロマンスを語りたいだけなのだ。

 美女と野獣、身分違いの恋、形を変えど古今東西いつの時代もいくつになっても女性はシンデレラ(サンドリヨン)に憧れる。


(可愛いものだ)


 開封した手紙を読みながら、彼女たちの会話にも耳を傾ける。

 自分が共感できるかはさておきとして、彼女たちのような恋に恋する会話や思考は新しい視点を与えられ好ましいものだった。


(そういえば)




「君た……あなたたちは《可愛い娘のドレス(ローブ・ド・ミニョン)》をご存知?」

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