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伝説の魔女の初恋  作者: 霞アサ
魔女と魔王と勇者
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02 魔女、養女になる

 再び友と会えたことへの喜びが大きくてジャンヌには自信満々に請け負ったが、さてどう調べようかと思案する。

 仕立師は男性と女性がいて、それぞれ領分が違う。

 男性仕立師(タイユール・ダビ)は男性服と男女どちらもの―ドレスも含む―宮廷衣裳(グランダビ)を、女性仕立師(クチュリエール)は市井の女性の部屋着(マント・ド・リ)を担当していた。

 では、男性仕立師に聞けばいい、という話なのだが、ジルの立場的には直接動くのは難しい。


 なぜなら、貴族たちは噂話が好きだからだ。


 宮廷では様々な手練手管を用いて日夜争いが繰り広げられているが、なかでも噂話が一番簡単でダメージの大きい攻撃手段なのだ。

 いかに徳の高い人間でも不手際や過ちを犯す。皆それを今か今かと待ち構え、大袈裟に言い立て、ところ構わず言いふらす。

 別に「大公閣下が女性のドレスに興味をもったらしいぞ」ぐらいで収まるならば問題ないが、長年そちら方面に興味を示さなかったジルが自ら身を乗り出せば、それぐらいの勘繰りで済むはずがない。

 尾ひれはひれがつくのは当然、こじつけで陰謀論まで繰り出されるかもしれない。

 一番の懸念事項は、レースに関わる悪事を働いているかもしれない者たちの耳にそれが入ってしまうことだ。

 小人の身長は一二センチほどしかない。

 外観がそう人間と変わらない種族ならまだしも、小人では人間と言いはるにも少し無理がある。

 証拠隠滅の為に彼らが殺されてしまう可能性は十二分にあった。


「あーめんどうだ……力でぶちのめしたい」


 魔王を倒す勇者であればいい時代は楽だった。

 相手が何をどう考えるか、などなく力が強いものが勝つ。弱肉強食。実にシンプルだ。

 しかし、今の時代、皆人間として生きている。

 気に入らない相手を怪物モンストルとして駆逐していい時代は終わったのだ。

 そして、本来「軍の先頭に立つ最上の人」という意味だった貴族も、果たすべき役割を失って久しい。

 世襲によってその地位を得た後継たちは宮廷内での権謀術数に夢中という始末だ。

 世捨て人になったジャンヌをはじめ、旅立った友たちの気持ちがわかる。

 ジルにとって立場はさして重要なものではないが、ジャンヌやかつての仲間にとって安心できる場所でありたかった。

 その為ならば面倒だろうが根回しも苦ではない。


(根回しといえば……)


 考えようによっては国内の貴族を気に掛けるよりも厄介な相手を思い浮かべ、ジルは表情を歪める。


「……まさか出ばっては来ないと思うが……だが、そうだな……知らせておいた方があの子も手を打てるだろう。まったく……愛されすぎる体質というのも困ったものだ」


 しばしの思案ののち、羽根ペンを手にとり流暢な文字で書簡をしたためる。

 仕上げとばかりに左手の小指につけた印章指輪(シグネットリング)に刻まれた紋章を熱い蝋に押し付け封緘(ふうかん)した。

 無事に紋章が蝋に写し取られたのを確認してから、書簡にふぅ、と軽く息を吹きかける。


〈ヴニーズ元首(ドーチェ)へ〉


 吐息と共に魔力をのせた囁きを紡ぐ。

 目の前の手紙が黄金色に輝き、鳩へと変化する。心得たとばかりにジルの周りをぐるりと回ってから空気に溶けるように消えた。

 外交において弱みになりかねない情報を早々に開示するのもいかがなものかと思うが、それを加味したとしても伝えて問題ないと判断できるくらいには相手とは知らない仲ではなかった。

 同病相憐れむ。お互い愛する存在に困らされている同士、といったところか。


「閣下、デュノワ伯爵閣下がお出でになられました」

「あぁ、タイミングがいいな。通してくれ」


 衛兵が開けた扉を通り、フローランが姿を現した。


「ジャン……いえ、ジャンヌ嬢とお付きの魔術師殿の受け入れについてリス男爵から返事がきましたので明日にでも向かいます。指示された通り、男爵にはドーレリャンの魔術師の末裔の少女と彼女を秘密裏に保護し我が国へ亡命した帝国の公爵である、と事前に伝えております」

「ご苦労」


 フローランにはすでに彼女たちの役割を説明しておいてあった。

 さすがにルシファーが百年戦争によって倒した元魔王である、ということは伏せたが、異質な存在だとうっすら認識はしている気がする。

 フローランが「お付きの魔術師殿」の部分で露骨に表情を歪めたのを横目に捉えて、ジルはそう推察した。


「しかし……確かにデュ・リスの開祖であられますが、あの方の安全を考えるならば閣下の養女になっていただいた方がよかったのでは?」

「そしたら私と結婚できないではないか」

「え?」

「ん?」


 今なんと? といった風に目を白黒させるフローランに対し、ジルはごほんと咳ばらいを返す。


「いいのだ。公に私の庇護下に入るとなれば、変な勘繰りをする貴族も出てくるだろう。彼女に自由に動いてもらうには、男爵家の令嬢ぐらいの身分が丁度いい」

「確かに」


 ジルの言い分にフローランは首肯した。扱いやすい男である。


「お前は素直でいいな」


 貴族には珍しく裏表のないフローランだが、ジルは存外そこが気に入っていた。


「妻にもよく言われます」

「デュノワ伯爵夫人はよくわかっている。あのひねくれもの達も少しは私の言葉を素直に受け取ってくれるといいのだが」

「誰のことですか?」

「さてさて」




 フローランの質問に明確な答えを返すことなく、ジルは窓の向こうに見える夜空へと視線を向けたのだった。

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