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伝説の魔女の初恋  作者: 霞アサ
魔女と魔王と勇者
13/19

01 魔女、養女になる

「かわいい」

「あ、ありがとう」


 開口一番。ジルに真顔で褒められた。

 悪い気はしないが気恥ずかしくもある。

 隣では、デュノワ伯爵夫人が「どうだ!」と言わんばかりに仕事をやり遂げたもの特有の満足げな笑顔を浮かべていた。


「元が大変よろしい御方ですから、着飾り甲斐がありましたわ!」


 ジャンヌが選んだドレスは、スパンコールやビーズを使った美しい刺繍がちりばめられている淡い青のドレスと、精緻なレースが施された肩掛け(フィシュ)の組み合わせだった。

 結髪師によってキレイに編み込んだ髪やドレスに合わせたリボン飾りや花に見立てた羽根飾りなどの小物と相まって、どこに出しても恥ずかしくない貴族令嬢然とした見た目になっていた。


「派手すぎやしないか?」

「これからリス男爵に挨拶に行くんだからそれぐらいで丁度いいと思う」

「そうですわ。部屋着(ローブ・ド・シャンブル)や普段使いのものは完成次第順次お届けいたしますし」

「そ、そうか」


 ジルとデュノワ伯爵夫人二人がかりの言葉に、ジャンヌはぎこちなくうなずいた。


「ではわたくしはこれで」

「あぁ、素晴らしい仕事だったデュノワ伯爵夫人。給金を弾むよう進言しておこう」

「ありがとうございます!!」


 デュノワ伯爵夫人が去った後、室内にはジャンヌとルシファーとジルの三人が取り残された。

フローランはリス男爵に事情説明と養女になるための諸手続きをする為、席を外しているらしい。

 ちらりと隣に立つルシファーを見上げれば、なにやら不満気だ。


「か、かわいくないか?」

「可愛い。けど、他の男の用意した服を着ているのはすごく残念だ」


 いっそ清々しいほど正直な男である。

 ぶすくれた表情を浮かべながらも「可愛い……くそ、可愛い……」と悔しそうに繰り返す姿は、呆れてしまうと同時になんだか可愛いらしく思えてしまう。


「お主、なんだか可愛いな」

「……生まれて初めて言われたぞそんなこと。我はクールでニヒルな神の不倶戴天の敵にして破壊の」

「あぁ、はいはい」


 長くなりそうなので適当にあしらえば、魔王は本格的に不貞腐れてしまったらしい。

 新たに用意されていた一口サイズのケーキ(プティフール)に手を伸ばしてぱくぱくとやけ食いをしだした。

 かつては世界を震撼させたはずの魔王がプティフールを食べている姿こそ、まさに本人の言葉を裏切る可愛いさなのだが、それは言わないでおこうと、ジャンヌは感想を自分の胸の内にしまった。


「ジャネットもどうぞ」

「ありがとう……じゃない。そんなことより大事な話があったんじゃ!」

「ん?」


 勢いよくがばりと立ち上がるジャンヌに対し、ジルはカップを持ったまま首を傾げ、ルシファーはリスのように口いっぱいにプティフールをほおばった視線を向けてくる。


「バタール、《可愛い娘のドレス(ローブ・ド・ミニョン)》は知っているか?」

「いや? 最近の社交界で流行っている恋愛遊戯には疎くてね。むしろ、教えてほしいぐらいだ」


 恋は舞踏会で生まれた、という言葉があるぐらい、恋や秘め事が社交界の中心に存在した。

 その歴史は古く、ジルの若かりし頃から既にあった文化だ。

 しかし、ジルが身近な出来事として知っているものは、恋人が戦いに臨む騎士を勇気づけるため、自分が身につけていた小物を贈っていたというものだ。

 それが形を変えて舞踏会に引き継がれ様々な恋にまつわる服飾を生んでいるが、日々生まれすぎていて正直追い切れていなかった。

 ウィンクと共に軽い調子で答えるジルに、ジャンヌはそんな可愛らしい世間話なんぞではない、と不満そうに口を尖らせた。


「あれに使われているというゴール王国のレース(ポワン・ド・ゴール)……(まじな)いらしきものを感じた」

「え。ちょっと待って、つまり人間が編んでないってこと?」

「どうじゃろうな? 効果自体は小さなものだし、あれぐらい生活の魔術の一つとも言えるが……問題は(まじな)いの種類じゃな」


 呪いは魔術のなかでも最も効果の弱い、いっそ願掛けといってもいいようなものだ。

 身にまとう者の幸福を願う想いがこめられ形を成すのだが、なかには不幸を願う呪いも存在する。


「布片ゆえはっきりとしたイメージが読み取れなんだが、不安を助長させる類の気がする。だいたいあのレース、ヴニーズ共和国の(グロ・ポワン・ド・)大模様レース(ヴニーズ)と酷似しすぎじゃが、どういうことじゃ? まさか」


 ジャンヌが予想を言葉にするより先に、ジルが頭を抱える。


「ちょっと……やめておくれよ。令嬢の謎の失踪だけでも頭が痛いのに」


 ドレスに関しては疎くても、さすがに国政に関わる輸入品目に関しては理解が深い。

 頭の回転の速さもあり、ジャンヌが言いたいことに気づいたようだ。


ゴール王国のレース(ポワン・ド・ゴール)はいつごろから国内に流通しとる?」

「一月ほど前かな? 国内の技術発展は喜ばしいことだけど、もし違法に小人(ノーム)を連れ出しているんだとしたら看過できない」

「くふふ」


 口いっぱいにほおばっていたプティフールを食べ終わったルシファーが肩を揺らしながら笑いだす。 


「何がおかしい?」

「いや、昔も今も変わらず、人間はつくづく欲深いと思ってな」


 それまでの幼さを感じさせるような振る舞いが嘘のように、長い時を生きてきた者特有の達観とした表情を浮かべる。

 人間の欲望を誘発し叶える存在だからこそより一層思うところがあるのかもしれない。

 しかし、ジャンヌもジルも他人事のように笑っていられる問題ではないのだ。


「とにかく、そういうことじゃ! ゴール王国のレース(ポワン・ド・ゴール)の工房について調べてみた方がよいぞ。わしもデュノワ伯爵夫人にドレスを頼んでおいたが、仕立てられたものが届くのを待つより、お主のルートで調べた方が早いかもしれん」

「わかった」


 こくりとうなずくジルの表情は真剣そのものだ。

 昔からの親しき仲ゆえの若者のような軽い雰囲気をがらりと変え、大公としてふるまうにふさわしい凛としたそれに代わる。


「早速取りかかろう。悪いが、リス男爵家への挨拶はデュノワ伯に任せても?」

「良いぞ」

「ありがとう私のお嬢さん(マドモアゼル)


 言うやいなや、片膝をつきジャンヌの指先をすくい上げると、その指先に口づけて優雅に微笑む。

 そのままジャンヌが何かを言うより先に踵を返して、ジルは颯爽と廊下へと歩み出した。

 あまりに自然な流れの口づけに驚きすぎて、ジャンヌは呼吸の出来ない魚のようにぱくぱくと口を動かしてから―――。


「アヤツあんなに気障だったか……?」

「ジャンヌが汚れる」




 思わずもらした独り言を拾うものはなく、ルシファーがごしごしと指先をハンカチーフで拭うのに合わせてもらした愚痴だけが響いた。

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