02 魔女のいぬまに
「「はぁ?」」
思わずジャンヌとジルの声が重なる。
「何を言っているんだ? フローラン」
「ですが」
「確かに今日は驚くことが多くて疲れているのかもしれないが、冗談もほどほどにしたまえ。ほら、ショコラをもう一杯飲めばきっと落ち着く」
もごもごと口を動かすフローランに対し、ジルは手ずからフローランの空になったカップにショコラを注ぐ。
フローランとしては至極真面目な問いかけだったのだが、呆れるような視線をジルとジャンヌどころかルシファーにも向けられたので、縮こまってカップに口をつけた。
「今後何かと執務室に顔を出すことになるだろうし、誤解を解いておこうと思ったんだが、予期しない方向に解釈されてしまったな」
やれやれ、という風に肩をすくめると、ジルはジャンヌへと視線を流す。
「彼女は我が領の誉れであり、国の英雄、偉大なるドーレリャンの魔術師だ」
「ふぁっ!?」
予想していなかった答えに、フローランは口に含んでいたショコラを盛大にふきだしてしまった。
しかも視線が誘導されていたこともあり、正面のジャンヌへと。
だが、それは彼女へと降りかかる前にぱちんという音と共に現れた見えない壁によってさえぎられ消失した。
「え? は? あの、ご冗談を」
「冗談じゃないが?」
「しかしっ、魔術師様はっ……!!」
「ジャンヌ、すそに染みが」
首をかしげるジルに対し、フローランはさらに言葉を重ねようとしたが、ルシファーの声によって流れをさえぎられる。
「あぁ、さけきれなかったのか」
横目で見れば、純白のドレスのすそをつまみ様子をうかがうジャンヌの姿。
先ほどの見えない壁は彼女の魔法なのか、それとも隣の男の魔法なのか、魔法に疎いフローランにはわからなかったが、発動されたそれを当たり前のように受け入れている辺り、彼女が日常的に魔法と関わる人間なのだとは理解した。
「せっかくだ。衣裳係長を呼ぼう。彼女に相談していくつかドレスを作ってもらうといい。きっと、君のことだ。着替えの用意とかしてないんだろう?」
ジルがちりんと鈴を鳴らせば、控えていた侍女が顔を出す。
「デュノワ伯爵夫人に彼女のドレスの相談をしたい」
「承知いたしました」
侍女は心得たようにうなずくと、笑顔でジャンヌを立ち上がらせようと手を引いた。
「さぁ、こちらへ」
「え、いや、これぐらい魔法で」
「いいから」
戸惑うジャンヌを黙らせるようにジルは侍女と一緒に笑顔でその背を廊下へと押し出す。
ルシファーも後を追うように立ち上がる。
「俺もついて」
「くるな」
扉が閉まる寸前、ジャンヌが睨みつけながらぴしゃりと拒絶した。
それに対しルシファーは捨てられた子犬のような表情を一瞬したが、「すぐ戻る」というジャンヌの言葉にひとまずその場にとどまることにしたようだ。
閉まった扉からくるりと踵を返すと、元いた席へと座りなおす。
それを視界の端に収めながら、フローランはそれよりも気になる問題に飛びついた。
「どどど、どういうことですか!!?」
上官でなければ、胸元を掴み上げてしまっていたかもしれない。
それぐらいの勢いで迫るフローランを、まぁまぁ、となだめながらジルは座るよう促した。
「だって、かの有名なドーレリャンの魔術師と言えば! ジャン・デュ・リス様ですよ!!」
「そうだな」
「なぜ女性の、しかも幼女の彼女が、ジャン様なのですか!?」
確かに、伝説の勇者と肩を並べる魔術師であるならば、今までの態度もすべて納得がいくものだった。
しかし、フローランとしてはそう簡単に納得しづらく、さらに言葉を重ねれば、ジルが苦笑を返す。
「聞きたいのだが、そもそもなぜドーレリャンの魔術師を「男」として認識しているのだ?」
「え、だって……そう伝えられて」
「にしても、だ。伝承が事実と違うことなどままあることではないか。直接魔術師をしっている勇者がそうだといっているのだ。なぜそんなにも驚く?」
「いや、だって、女だなんて! あってはならないです!」
「くふふ」
長年の認識をくつがえされる不快感に声を荒げてしまったが、割って入ってきた笑い声によって我に返る。
一瞬前までしょげていたのが嘘のように、楽しくて仕方がないといったように笑うルシファーに、フローランは首をかしげる。
一方のジルは、声を荒げたフローランではなくルシファーを睨むとため息をついた。
「当時、私がいくらジャネットは女性だと説明しても、誰一人納得しなかった。女では都合が悪い貴族たちのせいかと思ったが、そうでもなくてな。彼女と直接会ったことのある好意的な貴族ですら、今の君のように感情あらわに否定する始末で、当時はみな催眠にでもかかっているのかと思ったものだが」
そこで一度言葉を区切り、ジルは双眸を細めてルシファーを見つめる。
「今わかった。貴様のせいか」
フローランは、ひやりと、背筋が凍ったかのような錯覚を覚える。
上官に長く仕えているが、ここまでわかりやすく怒りを傍で感じるのは初めてかもしれなかった。
大の男が委縮してしまうような気配を真正面から浴びながら、ルシファーは何事もないように肩をすくめる。
委縮どころか、自慢気だとすら思ってしまいそうなぐらい胸をはったルシファーは、口唇を弓型に釣り上げた。
「お察しの通り、我の仕業だ……ジャンヌの魅力を知っているのは俺だけでいいからな。が、もういいだろう」
ルシファーがぱちんと指先を鳴らせば、途端フローランが先ほどまで感じていた不快感が嘘だったように消える。
まるで夢から覚めたように、すんなりと「ドーレリャンの魔術師が実は魔女であった」という事実を納得できてしまう。
心境の変化に自分自身戸惑いながら目の前の男を見るフローランの瞳には、怯えの色が混ざっていた。
ルシファーはそんなフローランを真紅の双眸で見つめたあと、蠱惑的な笑みを浮かべる。
万人が魅了されてしまいそうなそれだったが、フローランは捕食される直前の小動物になったかのような気持ちにしかなれなかった。




