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伝説の魔女の初恋  作者: 霞アサ
魔女と魔王と勇者
10/19

01 魔女のいぬまに

「閣下!」

「あぁ、来たか」


 フローランが勢いよく扉を開けて入室すれば、そこには優雅にお茶を楽しむ上官がいた。

 正体不明の不審な二人組を引き連れ人払いをし執務室へ籠城してから三時間。

 フローランはいてもたってもいられず、いつ何が起きてもすぐ対応できるよう隣室で待機していた。

 そこに、やっとお呼びがかかったわけである。


「さぁ、そこに座りなさい」


 フローランの心境など知らぬとばかりに、ジルは笑顔で隣の席をすすめてきた。

 文句を言いたい気持ちをぐっと抑え、すすめられた席へと座る。

 ここで騒いでまた追い出されては、いざというときにジルを守れないからだ。

 フローランが真正面の幼女を睨めば、その視線をどう感じたのか、にこりと微笑み返された。


「先ほどは失礼したな。わしの名はジャンヌ。君の上官の古い友人じゃ」

「はぁ」


 見目の割には落ち着いた、まるで年上のようなしゃべり方をするジャンヌに毒気を抜かれた。


(古い友人……? 古い友人の娘、という意味か?)


 侍女が新たに用意した自分の分のカップになみなみと注がれたショコラに口をつける。

 ふわりと香るオレンジの花の香りに首をかしげる。

 ジルが普段好んで飲んでいる味付けと違ったからだ。


「そういえば、良い菓子が手に入ったんだ」


 言いながらジルが鈴を鳴らせば、また別の侍女が銀のトレイを運んでくる。

 トレイの上には紫のリボンが巻かれた丸い小箱がのっていた。

 蓋に描かれている肖像画は勇者と共に人気があるドーレリャンの魔術師のもの。


「南西部にニオイスミレの群生地があっただろう? 旅の途中で立ち寄った」

「あぁ、あそこか。美しい街だった」

「そこの名産品だ。君も気に入ると思う」


 ジルが小箱をジャンヌへと渡した。

 ジャンヌは肖像画を一瞥してからため息をつくと「開けても?」とジルを上目遣いで見つめて確認をとる。

 うなずくジルを見つめてからフローランは首をかしげる。


(なんだ。その残念そうな表情は? ドーレリャンの魔術師とて子供に人気のはずだが)


 紫のリボンをほどいて小箱をあければ、繊細な刺繍がされた白い包みに守られスミレの花が入っていた。


「これは?」

「花びらに卵白を薄く塗ってグラニュー糖をまぶした菓子らしい。見目も美しいし味も美味しいよ」

「へぇ」


 ジャンヌは興味深いというようにスミレの砂糖漬けをみつめたのち、ジルの進めるまま口に含んだ。

瞬間、ただでさえ大きな瞳がこぼれんばかりに見開かれ、何度か瞬いてからキラキラと輝く。

 薔薇色に染まった頬も相まって、見ているこちらが嬉しくなりそうなほどに喜んでいるのが伝わってきた。

 どうやら少女はわかりやすく表情に出るタイプのようだ、とフローランは感じた。


「スミレの香りに加えこの甘さ。いいな。ショコラとも合いそうだ」

「あぁ、人によってはショコラに入れて飲むらしい」

「贅沢だな」


 にこにこと笑顔のまま答えるジャンヌを観察していたら、視線に気づかれたらしい。

 ジャンヌとフローランの目が合った。


「ん? 君も食べてみたいか?」

「いえ、そういうわけでは」

「遠慮するな。幸せは皆で分け合わないとな!」


 小箱を差し出してくるジャンヌに、首を振ろうとするが隣の上官に肩を掴まれる。

 フローランは甘いものがあまり好きではない。

 普段ならジルもわかっているので、それとなく避けてくれるはずなのだが、と横目でジルを見れば―――。


「いただきなさい」


 笑顔ですすめられてしまった。

 そこでフローランは気づく。


 ジル・ド・ドーレリャン=ローヴィル大公を一目見て会話した人間は彼を柔和な紳士だと評する。


 しかし、本人も自認しているが、実際の彼は我が強く、自分の嫌なことは基本しないし、ただ優しいだけの人間ではない。

 例え古い知人だろうが、普段好まない味付けのショコラを相手にあわせて飲んだりしないし、わざわざ事前に相手の好みそうな贈り物を用意するほどの甲斐性もない。

 極めつけは、先ほどから見ているこちらがむず痒くなるほど甘い表情を幼女に対して浮かべていることだ。


(こ、これは、もしかしてもしかしなくても……っ)


「い、いただきます」


(殿下の隠し子なのでは!?)


 フローラン・ド・デュノワは鋭いようで残念な男だった。


 触れてはいけない事実に気づいてしまったと、盛大な誤解をしたフローランは青ざめる。

 そして、ジルの機嫌を損ねることに怯え、ジャンヌが自分のショコラにスミレの砂糖漬けを浮かべるのを黙って受け入れた。

 ショコラの黒い海に浮かぶ紫の可憐な花をじっと見つめて黙るフローランをよそに、ジャンヌは自分のショコラにも散らしてから口を開く。


「それで、どうするんだ?」

「まず王都内に適当な館を用意しよう。君が爵位を譲ったお兄さんの子孫であるリス男爵の館あたりが丁度いいかな?」

「あぁ、そうか。まだ系譜が続いていたか」


 ジャンヌが他人事のように言えば、ジルが苦笑を返す。


「英雄の血脈だからね。途絶えないように気を使ったよ。おかげで子孫たちはすっかり君の信者だ」

「……それはあまりうれしくない」


 人に崇められることは得意ではなかった。

 過ぎた崇拝は時に暴走するということをジャンヌは過去の経験から知っていたからだ。


「まぁまぁ、味方は多い方がいいだろう? とりあえず、リス男爵の養女ということにしようか」

「ふむ」

「決まりだね。ついでだし、これからはその口調は改めた方が目立たないだろう」

「若作りしろと?」


 首をかしげるジャンヌに、ジルはうなずく。


「目立たないためにね」

「ふむ」

「それで、そっちはどうするの?」


 ジルがそれまで会話に入ることなく注がれたショコラを飲んでいたルシファーへと話しかける。

 ルシファーは不思議そうにジルを見つめた後、何を馬鹿なことを聞くのだこの男は? といったように眉をしかめる。


「当然、ジャンヌについて行く」

「そういうと思った」


 ジルは嫌そうに表情をゆがめた後、考え込むように指先でトントンとテーブルを叩く。


「リス男爵にどう説明するかだな……執事見習いとかどうだろう?」

「こいつに使用人が務まると?」

「だよね」


 ジャンヌが肩をすくめて、ルシファーを指さしながら指摘すれば、ジルも本気ではなかったのかすぐさま前言撤回した。


「帝国の貴族が亡命してきたってことにしようか」

「まぁ、あながち間違ってはないな」


 帝国ではなく、地獄だが、気づくものなどいないだろう。


「じゃあ、偽名を考えなきゃだな」

「そのままでいいんじゃあないか?」


 追っ手を逃れるために亡命した貴族が名を変えるのはごくごく普通の考え方だ。

 とはいえ、元々人間ではない存在なのだから、というジャンヌの疑問に対し、ルシファーは首を振る。


「俺は人間ごときに名前を呼ばせる気はない」

「ジャネットだって人間だけど?」

「ジャンヌは特別だ」

「……ふーん」


 再び流れ出す剣呑な雰囲気に、ジャンヌは慌てて割って入った。


「それじゃ! おい、ルシファー、希望はあるか?」

「なんでもいいが、そうだな……昔はティルスと言われていたこともあった。ティルス公爵とでも名乗ろうか」

「じゃあ、これで決まりだね」

「そうだな!」


(しかし、こうもさくさく受け入れていいものなのか?)


 別に困るわけでもなくむしろ助かるが、ジルの順応力の高さに若干戸惑う。

 それはジャンヌだけではなかったようで、恐縮そうにフローランの手が上がる。




「あの……先ほどから口をはさんでいいのか計りかねていたのですが、その、えっと彼女は閣下の……隠し子なのですよね?」

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