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伝説の魔女の初恋  作者: 霞アサ
序章
1/18

はじまり

「神は非情だ。そうは思わないか?」

「神の使徒たる我々に投げかけるには愚問だな」


 目の前には内包していた巨大な魔力が尽き、肉体の消滅を待つのみとなった悪の首魁。

 その名はルシファーといった。六枚の翼はすべてもがれ、肢体には無数のヒビが目立ち、光を失った双眸は虚空をみつめていた。

 それでも油断はできなかった。

 人類史が始まるよりずっと前、最初に神に敵対し、以後ずっと不倶戴天の敵とされている存在なのだから。

 最後の決戦で損傷した伏魔殿の瓦礫にもたれ不気味に笑う敵に、最大級の警戒を向けたまま彼女は言葉を返す。


 神の宣託を受けてから一〇〇年。長き、長き戦いだった。


 共に戦った仲間たちの被害も甚大だ。

 勇者をはじめとして前衛で戦ってくれていた皆は今、一歩下がって彼女と魔王のやり取りをみつめていた。もちろん警戒は緩めていない。

 本来後衛の魔術師である彼女が勇者たちよりも前に出てルシファーと対峙している理由は一つ。

 今からこの魔王を封印するからだ。

 魔界の最下層ジュデッカで、永遠に解けぬ氷の中に幽閉する。

 自らを閉じ込める為の詠唱だというのに、ルシファーは子守唄でも聞いているかのような安らかな表情を浮かべた。

 それに警戒をより強めるのは後方の仲間たち。彼女は気づかなかった。

 なぜなら、彼女もまた、この戦いで両の目の光を失っていたからだ。


「あぁ、やはりお前の声は心地よい。その美しい邪眼に最後に映ったのが我でよかった。その美しき(かいな)に最後にふれたのが我で良かった。お前を我が妻に迎えられなかったのだけは残念だが」


 ルシファーは何も移さぬ彼女の双眸と、失った片腕を想い、えもいわれぬ笑みを浮かべた。

 最後の大仕事である詠唱を無事終えた彼女は、氷の膜におおわれていくルシファーに対して首をかしげる。


「相変わらずお前はわけがわからんな」

「ふふふ、いつかわかるさ。俺は戻ってくる」

「無理だ。その氷は解けることがない。永遠にな」

「いいや」


 思ったより強い拒絶に、彼女は一瞬言葉につまる。


「必ず戻ってくる。その時は覚悟しておけジャンヌ」


 魔王が彼女の名を愛おしげに紡いだ瞬間、魔法の発動は完了した。

 氷漬けにされたルシファーを見つめ、やっと安堵のため息をつく仲間たちをよそに、彼女―――ジャンヌは一人厳しい表情を浮かべたままだった。


 赤黒い空、紫の雲、休むことなく鳴り響く雷鳴、行く手を阻む硫黄の海。


 地上とは程遠い世界、例え魔王の城が破壊されようとも、まだまだ力のある魔族は残っている。

 主の不在に動揺していても、すきあれば勇者一行を食い殺してやろうと狙っているだろうことは想像に難くない。

 確かに油断できる状態ではないな、と判断した勇者は、しかしジャンヌの表情の意味を正確にはとらえられていなかった。




 こうして巨悪は滅び、神の代行者として人間が地上を支配する日がはじまった。






 勇者一行の凱旋を国民は大いに喜び、王も彼らに名誉と地位を約束した。

 彼らの人気はとどまるところを知らなかった。

 吟遊詩人や劇作家たちは我先にと彼らの偉業を題材とし、勇者の故郷ドーレリャンのみならず各地へと物語を広め歩いた。

 勇者一行はそれぞれ秀でた才を持つ者たちであり、それぞれを主役とした英雄譚が紡がれるなかで聴衆がひときわ注目したのは最後の封印を施したジャンヌについてであった。

 ある者は、彼女を「不世出の天才である偉大なる大魔術師」と表現し、またある者は「神に寵愛されし英雄」と称え、国民からは「ドーレリャンの魔術師」と愛された。


 しかし、過ぎた崇拝は一つの誤解を生むこととなる。


 いつしかジャンヌはジャンヌではなくジャン―――つまり男性の魔術師である、と認識されていった。

 過酷な旅、女らしさを保つことは難しく、長い髪は切り、服も男とそう変わらない装備で戦いに望んでいたからだろうか。

 魔女ではなく魔術師として名が浸透したのも一因か。

 はたまた、女が目立つことを嫌った一部の特権階級たちの都合か。

 理由はいくらでも考えられるが、要するに、伝言ゲーム怖い、という結果になった。

 仲間たちはこの状況に憤慨したが、ジャンヌ当人はと言えば、特段気にしてはいなかった。

 もともと人前に立つより研究に没頭することの方が好きだったジャンヌにとっては、むしろ都合がよかったのか。

 褒美として与えられた爵位を兄へと譲り、一人辺境の地へと引きこもり、やがて表舞台から姿を消すこととなる。




 ちなみに彼女が姿を消したのには違う理由もあったのだが―――。

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