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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

令和のロミオとジュリエットは、ハッピーエンドで終わる。

作者: 書峰颯

「ご結婚、おめでとうございます!」


 万雷の拍手、色鮮やかな花吹雪が舞い上がる中、私はバージンロードを彼と歩く。


 共に歩むは、私よりも十センチほど背の高い、見上げるだけでため息が出ちゃうほどに整った顔をした、私の最愛の人だ。参列客の羨望の眼差しが痛いくらいに突き刺さってくるけど、それが心の底から気持ち良い。


 鳳凰鷹(ほうおうたか)(じん)

 名前を聞けば、知らない人はいない程の一流企業の御曹司。

 鳳凰鷹グループの跡取りにして三代目社長。

 同族経営は宜しくないとし、二代目は社外の人が社長になったらしいけど。

 彼はそれら逆風を物ともせずに、自らの実力で社長の座に上り詰めたんだ。


愛優菜(あゆな)、階段あるから、気をつけて」

「仁君、ありがとう」


 階段ひとつでこんなにも心配してくれる。

 優しくて、背も高くて、お家柄も良くて。 

 こんな最高な人を射止めた私、時名(ときめい)愛優菜(あゆな)は、きっと今この瞬間、世界で一番の幸せ者なのだ。

 そして、この名前はこの後すぐさま消える。

 私の名前は鳳凰鷹愛優菜へと、変わってしまうのだから。

 そんな、幸せの絶頂にいる私なのだけど。

 視線は会場、ひとつひとつの席へと、首を巡らせてしまっていた。


「愛優菜、誰かを探しているの?」

「うん、高貞(たかさだ)君、来てないなって思って」


 高貞(いわお)、私の幼馴染にして、初恋の人だ。

 彼とは高校生の頃に告白され、二年程ほど付き合ったけど、別れる選択をした。

 後腐れ無いようにしっかりと話し合った結果だから、双方納得しての破局。

 正直なところ、一緒にいて安心は出来た。

 でも、安心しかできなかった。

 テストの点数も酷かったし、遅刻の回数も多く、周囲の評価も低い。

 もちろん良いところだってある、でも、それ以上に悪いところが多すぎたんだ。


「ああ、ハガキの返事を出さなかった彼か。来てくれたら特別待遇してあげたのにな」

「特別待遇とか、仁君大げさだよ」

「大げさなもんか、だって、俺の愛優菜をここまで困らせてるんだからさ」


 微笑む彼につられると、自然と口端が下がり、私も笑みを零してしまう。


「でも、愛優菜を困らせるのは、きっと俺の方なんだろうな」

「……大丈夫、覚悟は出来てるよ」


 社長夫人として、一流階級で生きる以上、学ばないといけないことが多い。

 今日の結婚式だって、一体どれだけの知識を頭に叩き込んだことか。

 彼の足を引っ張ってはならない、むしろ、彼の横に立たないといけないんだ。 

 鳳凰鷹家の夫人として、胸を張って生きるようにしないと。


「頼りにしてる、俺の嫁さんが愛優菜で良かったよ」

「まだ早いって……でも、早くないのかも?」


 今回の結婚式の段取りだって、多忙な仁君を抜きにして打合せしたこともあったし。

 頼られてると言えば、既に頼られているのかも。

 でも、それが何よりも嬉しい。


「お飲み物、交換いたします」

「ああ、はい、ありがとうございます」


 あれ? ずっと専属の人だったのに、男の人に変わったんだ。

 今日の結婚式で何十人って人が動いているから、当然と言えば当然なんだけど。

 奥様には私が付きっきりでサポートしますから、安心してくださいね、とか言ってたのに。


「ん?」


 男の人、なんか見覚えがある。

 おぼろげだけど、記憶に残るこの顔は。


「……高貞?」


 声を掛けた途端、彼は視線を背けた。

 長かった髪を短くして、無精ひげもなく、服装もタキシードで決まっている。

 高校時代の彼からは想像も出来ないぐらいに、カッコいい。

 正直、見直した、そう思っていたのだけど。


「ぐっ」


 途端、高貞は仁君の背中に、全体重を掛ける仕草を取った。

 足を滑らせて寄りかかってしまったのか、仁君の顔がテーブルに突っ伏してしまう。


「ちょっと、何してんのよ高貞!」


 今日は私達の晴れ舞台なんだ、それに招いた客人だって超一流ばかり。

 今日のミスはそのまま数年後に、数百倍になって返ってくる恐れがある。

 結婚式会場で顔を汚した花婿、なんて、いい笑いの種だ。


「早く離れて! 仁君、大丈夫!?」


 彼を押しのけるも、仁君は顔を上げなかった。

 肩を揺さぶろうとした時、会場に一人の女性が叫びながら乱入する。


「この中に、私を襲った人がいます! 不審者がいます! 気を付けて下さい!」


 あ、あの人、私の専属のコーディネーターさん……不審者?

 呆けていると、高貞が仁君の背中に当てていた手を放し、もう一度押し込んだ。


「ぐあ!」


 悲鳴、それと鮮血、バージンロードみたいな赤が、二人の間でほとばしる。

 そこまで見て、私は高貞が何をしているのかを理解した。

 彼が仁君の背中から再度離れ、握り締めた物を突き立てようとした瞬間。


「やめて!」


 高貞のタキシードを掴み、私は彼を、仁君から無理やりに引きはがした。

 そのやり取りを見てか、周囲が一斉に動き始める。


「刺されてる……花婿が刺されてるぞ!」

「おい、救急車! 早くしろ!」

「犯人を逃がすな! 追え!」


 喧々囂々(けんけんごうごう)とした会場で、私は一人、倒れこむ仁君を抱きしめ続ける。


 やがて訪れた救急隊員へと彼を引き渡すと、自分が着用しているドレスが血まみれだったことに気付き、悲鳴を上げた。こんな事になるなんて夢にも思わなかった、(いだ)いたのは、大事な結婚式を徹底的に破壊してしまった、高貞への怒りだけだ。


 だけど、周囲の人の反応は、違った。


「婚姻届けを出す前で良かったな」


 仁君のお父様、鳳凰鷹紀仁(のりひと)は、病院の一室にて、私を見ながら言葉にした。


「聞けば、犯人は貴様の昔馴染みとのこと。鳳凰鷹家に属するべき人間が、過去の清算すらせずに歩み寄り、伴侶となり親族となろうとした。この紀仁、堪忍袋の緒が切れる思いをしたのは、これが初めてだ。今生の間、貴様への寛容はまかりならん」


 お父様の言葉は全てが是であり、否は許されない。

 どれだけ泣き叫ぼうとも、以後、私が仁君の病室に入ることは、許可されなかった。

 婚約破棄、鳳凰鷹家からの報復は、それだけじゃ済まなかった。

 私の両親、兄弟、さらには親戚に至るまで、制裁を加えたんだ。


「時名君……申し訳ないのだが、自主退職をして頂けないだろうか? いや、分かるだろう? 君の娘さん、鳳凰鷹グループを敵に回しちゃったみたいじゃない? こちらとしても守るべきは会社であり、君一人を切るだけで何万という社員が助かるんだ。分かってくれるよね?」


 こんなことを言われているのが、私の第六親等の親戚にまで及んでいる。


 母さんと父さんのスマートフォンは鳴りやむことを知らず、毎日誰かしらに怒鳴られながら、どこでもない場所へと頭を下げ続けているんだ。私の方にも、結婚式会場の修繕費用とか、今回掛かった費用の損害賠償を多方面から請求されている。


 四面楚歌、幸せだった日常が一転、地獄の底よりも暗い不幸の海に沈んでしまった。


「後悔はありません、彼女が幸せになるのなら、僕は満足です」


 裁判所で高貞が言った言葉だ。

 被害者じゃない私は、傍聴席に座ることすら許されなかった。

 いや、被害者どころじゃない、鳳凰鷹家から見たら私は加害者だ。

 大事な一人息子の命を危険に晒した醜女(しこめ)とまで言われている。


 だから、高貞に対して文句のひとつも、言うことが出来ていない。

 そんな訳ないだろうと、お前が私の幸せを全部ぶち壊したんだよと、言ってやりたかった。


 今回の事件、世間では〝令和のロミオとジュリエット〟なんて言葉まで出てくる始末。

 さらに許せないのは、高貞への世間の評価だ。


「高貞容疑者が運ばれる車に、一般の女性が詰め寄って動くことが出来ません! ああ、凄い人の数です! 数千人、いえ、一万人はいるでしょうか! みな、高貞容疑者を釈放させようとしています! あ! 高貞容疑者の乗った車が動きました! 悲鳴です! これはもう、――――聞こえ――――叫びすぎて、何も――――」


 学生時代、彼は髪をずっと伸ばしていた。

 前髪で顔を隠し、見えても片方の瞳とかだけで、誰も彼の美貌に気づかなかったんだ。

 それを、今回の復讐劇の為に髪を切り、髭も剃り、顔の全てを彼は整えた。

 結果、そこにいたのはアイドルを超えた美貌を持つ、一人の男だった。


 〝高貞様を救おう!〟といったふざけたクラウドファンディングも立ち上がる。

 見ると、目標金額の一千万を遥かに超えた、二億という数字が羅列していた。


 そんな人気にあやかってか、鳳凰鷹家の御曹司を刺したというのに、彼へ下された懲役は最低の五年。しかも、被害者の仁君が加害者である高貞の下を訪れ、彼へとオファーを出したらしい。


「俺の身体に傷をつけたんだ、出所したら、死ぬまで俺の為に尽くせよ?」


 何を言っているのか理解出来なかった。

 もちろん、直接聞いた訳じゃない。

 ネットに掲載されたニュースを少し読んだだけ。

 私たち一家は職を失い、信頼を失い、住まう場所さえ失おうとしているのに。


 それだけじゃない、私個人に至っては、親族からも恨まれているんだ。 

 何勝手に尽くすとかになってるわけ? 仁君の隣は私なんじゃないの?

 全てがドン底で、何もかもが憎く見える中、ふと、私は気づいた。


 アイツは私に惚れている。

 アイツから見て私はお姫様なんだ、だから、利用するのは私の方だ。


「二年の懲役を経て、高貞さんが仮釈放、刑務所から出てきました! 凄い人の数です! 警察が規制線を設けていますが、抑えきれておりません! あ、鳳凰鷹グループの車が刑務所に横づけされて、今、高貞さんを車に乗せました! 被害者が加害者を許す、なんという美談なのでしょうか! 高貞さんのこれからを、スタジオで検証した参りたいと思います!」



 ★高貞巌視点



「凄い女の数だな。まさかこれほどとは……しかしまぁ、想像の範疇と言ったところか」

「俺には関係ない」

「関係無くはないさ、女たちの熱気が、今のこの状況を生み出している」

「……利用すると言っていたな、俺は何をすればいい?」

「人気者なんだ、することなんざ何をしてもいい。何をしても金になる」

「俺は、そんな人間じゃない」

「それを決めるのはお前じゃない、俺でもない……決めるのは世間だ」


 利用できるものは、例え自分を刺した人間でも利用する。

 鳳凰鷹家が一流企業へとのし上がった根幹は、きっとこれだ。

 愛優菜が巻き込まれないで良かったと、心の底から思える。


「さて、どうあがいてもお前は殺人未遂の犯罪者だ。だが、世間の評価は違う、俺という悪役からお姫様を救い出した王子様だ。そんなお姫様は、お前の中では時名愛優菜、彼女だけなんだと思うが……これも世間は違う。お前を慕う全員が、自分こそお姫様だと思っていやがる」


 下卑た笑みを浮かべると、男は俺へとタブレットを差し出してきた。

 画面に映る写真は、五十代から七十代に見える女ばかり。

 そして写真の下には、金額が表示されていた。


「言わなくても、分かるよな?」

「……ああ」

「理解が早くて助かる、なに、きちんと報酬は出るさ。どこかのテレビ局でもやっていたことだ。別にお前だけじゃないし、俺だけでもない。女を一晩抱くことで、八桁の金が動く。お前は言われた通り、指示された女を抱き、愛してやればいい」


 噂は、真実だったという事だろう。

 鳳凰鷹家の人間は、身内ですら身売りし、金に換える。

 愛優菜が嫁ごうとした家は、人を人と思わない、最低の家だ。


「貴方を抱きたい女が、この世の中に一体何人いるんだろうねぇ。まぁ、今この時間だけは、アンタはアタシの犬さ。せいぜいアタシを悦ばせるんだね。それが、この世界でアンタが唯一生き残れる道さ」


 類は友を呼ぶ、まさにこの世の中を表現した言葉だ。

 人を人と思わない人間たちの繋がりが、どこまでも薄汚く見えてくる。

 ただ、そういった人間は、一度自分の物にしたら、二度目は無いらしい。

 俗な言葉を使えば、飽きた、ということなのだろう。

 新しい刺激を、彼女たちは求め続けている。


「高貞、お前をアイドルとしてデビューさせるからな」

「……俺を?」

「ああ、そういうご依頼が入ったんだ。せいぜい稼いで来いよ」


 羨望を集める男を抱きたい、そう思う人間は星の数ほどいる。 

 アイドルに必要なものは、御仁からの需要と世間の評価だ。


 残念なことに、俺はその両方を兼ね揃えていた。


 大したダンスレッスンもせずに舞台に上がり、マイクを前に口パクで歌う。

 実際に歌っているのはどこかのボーカル志望の男で、俺は飾りだ。


「歌う時に声が変わるなんてのは、歌手なら常識だろ?」


 俺の知らない常識を語る男の言いなりになり、俺は何度も舞台へと上がった。

 それが終わると、女たちの欲望を満たすために、ホテルへと向かう。


 俺という価値が上がったからか、これまで無かったリピーターまで発生した。

 どれだけ価値がある人間であっても、金の力には跪くしかない。 

 そんな、クソみたいな世界を、二年程経過したある日のことだ。


「久しぶりだね、高貞」


 俺の前に、天使が現れてくれたのは。



 ★時名愛優菜視点



 どんどん人気者になっていく高貞に会うことは、至難を極めた。

 実家にも全然帰らず、彼は毎日どこかのホテルに宿泊している。

 会うことは難しかったけど、高貞の行動を把握するのは簡単だった。

 SNSで検索を掛ければ、バカみたいに簡単に検索結果が出てくる。


 それで分かることは、彼は毎晩、どこかの一流ホテルに宿泊しているということ。 

 いいご身分だなと、ネットカフェのフラット室で横になりながら、半眼で睨む。

 今の私は実家にいることも難しくなり、一人さまよう生活を強いられているというのに。


(ライブ……昔の高貞からは想像も出来ないな。カラオケ行っても何も歌わなかったのに)


 いつの間にか歌手になり、音楽番組にも出演し、ライブまで開催するようになっていた。

 世界が彼に魅了されている、そんな気がしてくる。


 でも、それでも彼は、特定の誰かとのお付き合いはしていない。

 あくまで彼の中でお姫様は私だから。

 私以外の誰かとなんて、付き合うことも出来ないんだ。

 だから、そこだけが彼に会えるチャンスとも言える。


「久しぶりだね、高貞」


 ライブが終わり、観客が全て帰った後、ライブ会場の近くで、私は彼の名を呼んだ。


「……愛優菜? どうしてここに」

「どうしてって、あんまりじゃない? 高貞が私のことを愛してくれているのは、世界の皆が知っていることなんだよ? 関係者の人に私の名前を教えただけで、こうしてここまで来れたのだから」


 これまで何度か試してみたけど、通してくれることは一度も無かった。

 今回が初だ、なぜか通してくれて、こうして彼を待ち伏せすることが出来た。


「高貞、凄いね。今や世界の人気者じゃない」

「……そんなことない」

「そんなことあるでしょ。私の旦那になる人を刺して得たんだから、誇らしげにしなさいよ」


 幸い、大した怪我にはならなかったみたいだけど、それでも仁君は私を迎えには来てくれなかった。お父様に逆らえないのは、私たち家族だけじゃない。仁君本人も、お父様には逆らえないんだ。あの人が否定している以上、私は彼の側にいることが出来ない。


「私ね、これでも幸せだったんだよ?」

「……愛優菜、聞いてくれ」

「高校の卒業式で高貞と別れて、大学のサークルで参加した社交パーティで仁君と出会ってさ、毎日一緒に過ごして、彼の為にお弁当とか作ったりさ、連絡だってマメにしてたし、ちょっと重い女って思われてもいいぐらいに、ずっと頑張って手に入れた幸せだったの。一流には遠く及ばないかもしれない、でもね、必死になって頑張ったんだよ。私なりに必死になって頑張ったんだよ! それをアンタは全部ぶち壊したんだ!」

「愛優菜」

「うるさいッ! 私の名前を呼ぶ権利があるのは、仁君だけなのッ!」


 駆け寄り、両手を高貞のお腹に押し合てた。

 私の手に握られているのは、あの日、高貞が手にしていた物と同じ物だ。

 女の私でも扱えることが出来るそれは、左手で握り締めて、右手で押し込むだけ。

 たったそれだけのことで、これまでの全てにケリを付けることが出来る。


「……っ、愛優菜、お願いだから、話を」

「聞きたくないよ! お前なんか死んじゃえばいいんだ!」


 高貞のお腹に刺した物を、引き抜き、そしてまた刺した。

 人の身体って、思っていた以上に簡単に刺すことが出来る。

 でも、二回目以降は、何もすることが出来なかった。

 血の温度が指先から伝わってきて、私が刺したんだという事実が、脳内を支配する。


「うあぁ……血ぃ……」

「愛優菜……」

「私、私は悪くない。全部、全部高貞が悪いんだ!」

「ああそうだ、全部その男が悪い」


 いきなりの言葉に、私は驚き周囲を見回した。

 誰もいなかったはずなのに、いきなり私達にスポットライトが浴びせかけられる。


「その声……仁君?」


 逆光になって良く見えないけど、それでも、彼だって分かる。


「仁君、私やったよ。貴方を刺した男を、この手で殺したよ」

「そうだな。だがな愛優菜、ロミオとジュリエットの最後を、君は知っているか?」


 ロミオとジュリエットの最後、それぐらい、私でも知っている。

 ロミオが死んだと勘違いしたジュリエットが自殺し、目を覚ましたロミオが彼女の死に耐え切れず、彼もまた自ら死を選んで物語は幕を閉じる。悲恋の代表作だ。


「だからね愛優菜、君もまた、ここで死なないといけないんだ」

「……何を、言っているの?」

「この世の中には特異な性癖を持った人もいてね。スナッフビデオじゃないと悦べないと、その人は言うんだよ。今のこの状況なら、君が高貞を刺し、そして君は返り討ちにあった。誰が見てもそうとしか思えない状況が、今ここにある」


 仁君が何を言っているのか、理解出来なかった。

 理解出来ないままでいると、物陰から数人、私へと歩み寄る。

 目出し帽をかぶった男が、刃物を手にしている。


「私……殺されるの?」

「ああ、高貞の邪魔が入った分、長引いた命とも言えるな」

「……それ、どういう意味?」

「説明してやる義理もないが、悲壮にくれる顔も演出のひとつか。いいだろう、全て教えてやる。時名愛優菜、お前は俺との結婚後、外国の著名人へと売り飛ばされる予定だったんだ」


 私が、売り飛ばされる?


「世の中、全てを支配下に置こうと考えるご老人が多くてな。ましてやその相手が若者となると、手段を選ばなくなるんだ。俺にとっての大事なものを奪い、壊そうとする。俺にだって守るべきものがある、その為のダミーとして、愛優菜という存在が必要だった」

「私が、ダミー……」

「ああ、その通りだ。お前ならどれだけ壊されても俺は何も痛くない。相手としても満足だろうさ、新婚の花嫁を手中に収めるのだからな。だが、まぁこれも想定通りだが、高貞が現れ、お前との関係を破壊してくれた。俺としてはどちらでも良かったのだが、結果としては今の形が一番金になる。高貞は女帝から金を稼ぎ、お前はこうして俺にスナッフビデオを提供してくれる。最高の形だよ」

「ちょ、ちょっと待って、高貞が結婚式に現れるのも想定通りって、どういう意味」

「そのままの意味だ。奴の耳に先の件が入るよう、俺が噂を流した」

「先の件って、私が外国に売られるっていう」

「理解が遅いな。全ては俺の計画通りって訳さ」


 仁君は自分の守りたいモノの為に、私を捨て駒にするつもりだった。

 だけど、高貞が現れてくれたから、私ではなく、彼を捨て駒にした。

 これまでの二年間で、彼は私の代わりに、世界の闇をその身に受けた。

 そして今、全てを終えて、私と高貞は仁君……鳳凰鷹仁に殺されようとしている。


「……じゃあ、高貞が言ってたのって」

「全て真実だ。コイツはお前の幸せだけを考えて、行動していた」


 ……私、なんなの?

 世界一のバカじゃん。 

 何も考えないで自分勝手に行動して。

 一番私を守ってくれていた人を、この手で殺してしまった。

 どうしようもない、世界で最低な人間は、間違いなく私だ。


「高貞……」


 謝ることも出来ない。

 私の謝罪なんて、何の意味もないから。

 でも――――「ごめん……ごめんね、高貞」――――謝ることしか出来ない。

 殺されるのなら、死ぬことから逃げられないのなら、貴方と一緒に死にたい。

 足りないところが多かったのは、きっと私の方だ。

 だって、抱きしめたら、こんなにも安心してしまうのだから。


「謝る必要なんか、無いさ」


 抱きしめていた彼の身体が、ゆっくりと起き上がる。


「高貞……動いたらダメだよ」

「大丈夫、あの時の鳳凰鷹と、同じことをしただけのこと」


 あの時の鳳凰鷹と同じこと?


「背中に刺したのに、アイツは無傷も同然だった。仕込んでたんだろ、血糊と防刃ベストをさ。だから、俺もコンサートの度に、防刃ベストと血糊を仕込むようにしたんだ。幸い、ダンスは動かなくても良かったし、歌は口パクだったからな。三時間程度なら、余裕で凌げる」


 高貞は起き上がると、お腹に刺さっていたナイフを抜き、地面へと落とした。


「痛く、無かったの?」

「ああ、全然平気だ」

「そっか……そっかぁ、良かった、良かったよ……うぇぇぇぇん」


 彼を刺したのは私なのに、それでも彼は私の頭を撫でてくれた。

 感情が、もう良く分からない方向へと傾いてしまって、泣き止む事が出来ない。


「……何故だ」


 そんな私たちへと、鳳凰鷹が問いかける。


「何故、お前が防刃ベストや血糊を用意することが出来た。お前の行動は逐一監視していたはずだ、そんな準備を……しかも毎回だと? ライブの度に毎回準備していただと!? 出来るはずがない! そんなこと、出来るはずがないんだ!」

「頭の良いお前なら、分かるんだろ?」

「ああ!?」

「女帝は飽きやすい生き物なんだ。彼女たちが欲しているのは、新しい玩具なんだよ」


 スポットライトの光が、今度は鳳凰鷹を照らし始める。その光はライブ会場近くの雑居ビルからも照らされ、包囲された私達を更に囲むように配置されていた。さらには遠くからパトカーのサイレンまで聞こえてきて、目出し帽をかぶった男たちにも動揺が走る。


「鳳凰鷹仁、お前には感謝している。何も無かった俺に、素敵な彼女たちを紹介してくれたんだからな」


 私達を殺そうとしていた彼は、握り締めた両の拳を震わせながら、歯を食いしばり私達を睨みつける。だけど、ふっと息を吐くと、いつもの飄々とした雰囲気と共に、両掌を上へと挙げ、やれやれと、首を横に振った。


「ったく……奪われる側に回るのは、嫌だったんだがな」

「弱肉強食、所詮お前も、食われる側の人間だったってことさ」

「……どうせアレだろ? ウチの会社も親父たちも、根こそぎなんだろ?」

「ああ、彼女たちに狙われたら、草の一本も残らないだろうな」

「なら、別にいいさ。あんな家、壊れちまえばいいんだ」


 憑き物が落ちた顔をした彼は、その顔のまま、懐から拳銃を取り出した。

 銃口をコメカミに当てると、彼は迷いなく撃ち放ったんだ。


「……!」


 響き渡る銃声をきっかけに、鳳凰鷹側の人間は蜘蛛の子を散らすように逃げ始め、それを高貞側の人間が取り押さえる。そこに警察官も加わり、周囲は大混乱になるも――「愛優菜、行こう」――高貞は私の手を握ると、集団を抜け出し、二人だけでその場から逃げたんだ。




「ここ、俺の宿泊してるホテルだから。ここなら追手が来る心配はない」


 一流のホテルには特別なルールがあるのだと、高貞は教えてくれた。

 警察も手が出せない治外法権みたいなものが、ある場所にはあるらしい。

 私はというと、彼に連れられたままベッドへと腰掛け、静かに座る。


「……高貞」

「ん?」

「ごめん……私、貴方にしてあげられること、何もない。前みたいに、綺麗な体じゃないし、貴方が喜ぶようなことも、何も出来ないと思う」


 シャワーを出て、濡れた髪のまま彼は近づくと、私の顎に手を当て、くっと持ち上げる。

 求められるままにされたキスは、思っていた以上に熱くて、全身がぽかぽかする。


「俺の方が、もっと汚れてるよ」


 そんなことない。

 言おうとしたけど、彼の唇によって、それは塞がれてしまった。


「それでも……いいか?」

「……うん、いいよ。高貞がしたいようにしてくれれば、それでいい」

「わかった」


 彼と過ごした夜は、やっぱり、心の底から安心するものだった。

 どうして手放してしまったのか、過去の自分を怒りたくなるくらいだ。

 

 それから三年、身辺整理をしたという高貞の横に、私はいる。

 形はどうあれ、アイドルとして大人気だった彼との結婚を、世間は祝福してくれた。


「令和のロミオとジュリエットは、ハッピーエンドで終わるんですね!」


 マイクを向けられながら、彼と共に笑い、そして衆目の中でキスをする。 

 とても幸せな日々が、これから始まるんだ。

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うん...この女はバッドエンドの方が相応しい
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