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四 西征電報

 東京からの電報を運んできたのはお鏡さんであった。いつものように騒々しい足音がしたかと思うと、勢いよく襖を開ける音がする。部屋に来たのがお鏡さんだというのは、親しい者なら誰でも気付くだろう。私もかれこれ半年は下宿しているものだから、ついには慣れて首だけ向けた。ぎょっとした。お鏡さんたら、両目を潤ませているのである。


「どうしたィ」


 下手に泣かれて話どころでなくなっては困るし、老夫婦に勘違いされるのもことである。兎にも角にも私に会いに来たということは、用件があるということだ。懐手をしたまま向き直ると、お鏡さんは私に紙切れと風呂敷包みを差し出した。

 どちらも受け取ろうとしたら、「電報」とお鏡さんが涙をぬぐって言うものだから、仕方なく紙切れをいただいた。


「『チチキトク、スグカエレ』……ふぅん」

「ふぅんて、ふぅんて!」


 お鏡さんは目に涙をためて顔を歪めている。泣きながら怒っているものだから、顔面の筋肉も大変そうである。どちらかにした方がよい。しかしこの電報が、肩をふるわせて涙ぐむほどのことであろうか。

 私の父はとうの昔に亡くなっているから、何かの間違いであることは確かである。叔父の間違いかもしれない。それとも私が知らぬ間に母が再婚してできた父が、危篤にでもなったのか知らん。どれも真実味のない話だ。母の差し金であることは明らかである。いい歳をしてぶらぶらせずに見合いでもしろと説教をしたいのだ。私には他人を養うだけの甲斐性などないと何遍言っても頑として聞かないものだから、大変困る。電報まで使われたのでは、わざわざ神戸まで逃げて来たのも水の泡だ。


「吾妻センセの人でなし!」


 包みを思い切り投げつけられた拍子に風呂敷の口が開いて、中から私の服が出てきた。昨日洗濯を頼んでおいたものだ。電報をもってくる前に荷造りをしてくれたものらしい。妙な順序を選ぶところがお鏡さんらしいと頷いていると、夕立も真っ青の足音が遠ざかっていく。お鏡さんたらまた早とちりをして、とっとと母屋へ戻ってしまったようである。弁解する間もない。


「おいらの親父は、とうに仏さんだぜ。人間、二度も死ねるもんかい」


 私はお鏡さんがぶちまけた荷物を一つ一つ風呂敷の中に戻した。誰も聞く者のない言い訳ほど情けないものはない。

 風呂敷をまとめて端を縛りあげ、背負って離れを出た。電報を受け取ってしまった以上、一度は東京に戻らねばなるまい。

 老夫婦に挨拶したところで、はたと思いだした。そういえば、お鏡さんの家族はじゅうたん爆撃で亡くなったのだった。きっとそのことを思い出して涙ぐんでいたのに違いない。お鏡さんにはなんとも悪いことをしてしまった。何か一言と思ったのだけれど、電車に逃げられてはことだ。結局叶わないまま、私は東へ向かった。

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