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十七 からくり人形

 お鏡さんが水饅頭を食うのは、実に早かった。私と福嶋があれやこれやと話しながら茶を二口三口すするうちに、ぺろっと平らげてしまった。赤福のときも思ったが、見事な食いっぷりだ。呆れていると、福嶋が手を叩いて誉めそやした。


「いいねぇ。そんなに美味そうに食べてもらうと、土産に持ってきた甲斐があるってもんだ」


 これも食うかい、と福嶋が差し出すものだから、お鏡さんは一層目を輝かせた。二個目の水饅頭を、頬がほころびきった実に幸せそうな顔で食べる。食い物さえ与えれば、誰にでも懐く女である。


「姉さん、名前は?」

「鈴木鏡子です」

「おいらぁ福嶋武洋ってんだ。よろしく」


 お鏡さんがさっきから私の水饅頭にちらちらと視線を送っているが、譲ってやる気はない。食い物に釣られるお鏡さんなどこれ以上見たくはない。私が水饅頭を一口食べるのと同時に、落胆する気配が伝わってきた。

 どこまでも食い意地のはった女だ。なんなら親鳥が雛にやるように、吐き出して食わせてやろうか。半ば自棄(やけ)になって水饅頭を咀嚼していると、福嶋がため息をついた。


「鏡子ちゃん、こいつ、大人げないでしょう。いじめられてやしねぇかい」


 言うに事欠いて大人げないとは何事か。いじめられているのは私である。


「いじめられてへんけど、頼りないんです。母屋で皆でご飯食べよ、て言うても約束は忘れるしすっぽかすし、この前も借金の督促状をほったらかしにしとったんですよ。ほんまに三十なんかしら」


 散々な言われようだが、どこかで少し、ほっとした。これだけぼろかすに言うのなら、お鏡さんにとって私はどうでもいい男なのに違いない。


「わかる、わかるよ鏡子ちゃん。こいつぁ、そういう奴だよなぁ。いい歳してぷらっぷらしてさぁ」

「ねぇ、定職につけとは言わんけど、もうちょっとちゃんと仕事しはったらええのに。家賃もよう滞納しはるんですよ」


 ぷらぷらしているのは福嶋も同じはずだ。それなのに、人を出汁(だし)にして二人で勝手に意気投合している。福嶋は手が早いから気をつけろと言ってやりたいが、今は何を言っても無駄だろう。私はただ只管(ひたすら)押し黙って、話題が変わるのを待つより(ほか)ない。


「おいらねぇ、こいつに仕事持ってきたんだ。そんでも、ああだこうだと文句ばかりつけて、聞きゃあしねぇのよ。鏡子ちゃんからも言ってやってよ」


 なんたる策士! 私は目を剥いて福嶋を睨みつけたが、当の本人は職のない友人を心配してやってきた風を装っている。その化けっぷりには舌を巻くしかない。


「センセ、そんなことしてんの? ほんま大人げないなぁ」

「うるせぇ。お鏡さんはこいつがどんな仕事持ってくるか知らねぇからそんなこと言えんだ」


 とうとう言い返した私に、お鏡さんは胸を張って「仕事は仕事やん」と言い切った。確かにそうだが、十八、九の小娘には言われたくない。大人の世界には人に言えないような仕事も色々とある。映画の看板描きならまだいいが、有名な画家の筆を真似て贋作を作るなんて仕事もあるのだ。

 それでも惚れた弱みというのは厄介なもので、お鏡さんに言われると聞かざるを得ない。ならば己をからくり人形だとでも思って、ねじを巻かれてやろうではないか。女の我儘(わがまま)を許すのも、男の度量のうちである。


「福嶋、今度のはどんな仕事だい」


 水饅頭と舌先三寸で見事にお鏡さんを丸め込んだ戦友は、いやらしい笑みを浮かべた。


「少年誌の挿絵だ」

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