第91話 友達以上・恋人未満の三角関係
「ううっ、心にもないことを言わせてしまって申し訳ありません……」
姫乃ちゃんがしょんぼりとしてしまった。
ガックリと肩を落とす。
「姫乃ちゃん」
「え?」
俺はすかさず名前を呼ぶと、今度は姫乃ちゃんの頭をなでなでしてあげた。
なでり、なでり。
なでり、なでり。
「えへへへ……」
すると姫乃ちゃんは、しょんぼり顔から一転、嬉しそうに目を細めた。
そして撫で終わるタイミングを見計らって、小春が笑顔で説明を付け加える。
「それにほら、頑張ったのは伝わってきたし? ひめのんが言うとギャップ萌えもあって、すごく可愛いかったよー」
「そうそう、姫乃ちゃんは変に上手いこと言わなくても、可愛くて素敵な女の子なんだからさ。そういうのは小春に任せておいて、姫乃ちゃんはいつも通りの姫乃ちゃんでいいと思うぞ?」
「ちょっとユータ、そういうのは小春に任せてって、それどういう意味なのかな? アタシは変なことばっかり言ってる女の子ってこと?」
「小春はウイットに富んだ愛くるしい女の子ってことだよ。別にどっちが上とかじゃなくてさ。2人ともすごく魅力的なんだだから」
「ほんとかなぁ」
「神に誓って本当だっての」
「へー、ユータって神様信じてたんだ? ちなみに何教?」
「え? いや、そんな、何教とか言われても、宗教は信じてはないんだけどさ……」
「はい、ほらー! ダウトー!」
「ダウトじゃないから。言葉の綾だから」
「ふふふっ」
俺たちの幼馴染なやり取りを見て、姫乃ちゃんが軽く握った右手を口もとに当てながら、クスクスと楽しそうに笑った。
そこで会話がプツリと途切れる。
だけどそれはなんともくすぐったい沈黙で。
そんな無言の俺たちを、まだまだ勢いを弱めようとしない、やる気満々の初夏の太陽がジリジリと焼いてくる。
「そろそろ帰ろっか。ここ、思ってた以上に暑いし」
「遮蔽物がなくて、日差しが直で当たって暑いよなぁ」
「はい、すごく暑いです」
小春の言葉に、俺も姫乃ちゃんもすぐさま同意する。
「屋上だし、もっと風があると思ったんだけどー。ぜんぜん風が吹かないよね」
「普段はあるっぽいけどな。そこのフェンスに『強風注意』ってプラカードも付いてるし」
周囲を囲む安全フェンスには、プラカードが数枚、針金で固定されている。
「あ、もしかしたら夕凪の時間かもしれません」
「凪ってあれだよね、風が止まる時間のこと」
「海風と陸風が切り替わるちょうど境目の時間なんだっけ? なんか小学校の理科の時間に、そんな話を聞いたことがあったような……」
「ですです。その凪です」
「へー、ユータ詳しいじゃーん」
「ふふん、まぁな」
なんて会話をしている間にも、太陽は容赦なく俺たちを照りつけていて。
「とりあえず、移動しない?」
「ですね」
「そうしよう」
俺たちは連れ立って屋上を後にしたのだった。
こうして俺と小春と姫乃ちゃんは、友達以上・恋人未満の三角関係になった。




