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第9話「2人きりの世界でぇ~、仲良くなんの話をしているのかなぁ~?」

「そんな、謝るのは私の方です。勇太くんは私のためにやってくれたのに、すごく怒られちゃって。ずっと謝りたかったんです、ごめんなさい」


 姫乃ちゃんは胸の前で両手をワタワタと左右に振ってから、謝罪の言葉とともに頭を下げた。


「姫乃ちゃんのため? なんのこと?」

 俺はしらばっくれたものの。


「もう。私は当事者なんですよ? あの時の状況は、他でもない私が一番分かっているんですからね?」


 そう言った姫乃ちゃんは、頬がうっすらと赤くなっている。

 それも当然。

 私は教室でお漏らししちゃいました、と暗に言っているようなものなのだから。


 つまりここで俺が知らんぷりを続けてしまうと、姫乃ちゃんはずっと恥ずかしい思いをし続けなければならない。

 もちろんそんなことは、しちゃいけない!


「あーうん、了解。でもやり方が強引だったのは良くなかったから、そこだけはやっぱり謝らせて欲しいんだ。ごめんなさい姫乃ちゃん」


 もっとスマートな解決方法があったはずだ。


「そういうことでしたら、私も了解です。ふふっ」

 姫乃ちゃんが、ふわりと笑った。


 ぽっちゃりしていたのが嘘のようにスタイルが良くなっていて、すっごく美人になっていたけど。

 お姫さまみたいな上品な笑い声とか、笑った時の目元の形なんかはあの時とぜんぜん変わらなかった。


「変わらないな」

「え、そうですか? 自分では結構変わったなって思っていたんですけど……ダイエットとかもがんばって。その、胸はあまり成長しなかったんですけど……」


 俺のつぶやきに、姫乃ちゃんが驚いたような顔を見せた。

 前髪を手で整えたり、制服の襟元をピンと伸ばしたりし始める。


「ああいや、今のは笑い方が昔と一緒ですごくホッとしたって意味でさ。姫乃ちゃんは今でも姫乃ちゃんなんだって」


 慌てて弁解する俺。

 昔の姫乃ちゃんは、ぽっちゃり体形を心無い男子からからかわれることが少なくなかった。


 だって言うのに、ダイエットも頑張ってこんなに綺麗になったのに、当時と同じと言われたらびっくりするのも当然だよな。


「なるほど、そういう意味でしたか。ふふっ」


「黒猫のヘアピンも変わらないし」

「昔、勇太くんが褒めてくれてすごく嬉しかったから、今でも大切な日には身に着けるようにしているんです。ちょっと子供っぽいかもですけど」


「そんなことないさ。姫乃ちゃんの綺麗な黒髪によく似合ってる」

「あ、ありがとうございます……」


 姫乃ちゃんが恥ずかしそうに肩をすくめながらはにかんだ。


「でもそれ以外は、最後に会った時と比べて本当に変わったと思う。すっごく綺麗ですっごく美人になった」


「び、美人って。おだてたってなにも出ないんですからねっ」

「ほんとだってば。隣にいたのに姫乃ちゃんだって全然気付けなかったし」


 ――って!

 俺はさっきから何をチャラついたことばかり言ってんだ!?

 こんなチャラ男マックスなセリフ、どう考えたって俺のガラじゃないだろ!


 だめだ、俺は完全に舞い上がってしまっていた。

 それが頭では分かっているのに、ちっとも落ち着くことができないのが、輪をかけて末期的だった。


「私は気付いていましたよ。座席表にあった名前を見てハッとして、顔を見たらすぐに分かりましたから。それと例の自己紹介で」


「あー、あれな」


「今でもあの自己紹介を続けていたんですね。千堂じゃなくて天道です、って。すっごく懐かしかったです」


「言っておかないと、マジで間違えられるんだよな。言わば芸人の持ちネタみたいなものっていうか」


 ちなみにこうやって言っておいても、何人かは天道ではなく千堂と勘違いして呼んでくるまでがセットだった。


 ま、初日の自己紹介なんてそこまでしっかりとは聞いていないし、クラス全員分をその場で覚えていられるわけでもないしな。

 天道って苗字はあまり見ない苗字だし。


「持ちネタなら外せませんよね」


 姫乃ちゃんがまたまた、ふわりと笑った。

 姫乃ちゃんが笑うたびに、俺の意識は4年前のあの頃へと引き戻されてしまう。


 いつまでもこの笑顔を見ていたい――なんてことを考えていると、


「2人きりの世界でぇ~、仲良くなんの話をしているのかなぁ~?」


 俺の視界を遮るようにして、にゅうっと小春が現れた。

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― 新着の感想 ―
天道あかねとか知っていると、そう珍しい苗字とも感じないんだけれど。やっぱ時代かなあ。 リメイクされたけど、そこまで話題にはならなかったような。
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