第84話 6時間目、そして放課後へ――
「ギリセーフ!」
先生が来る直前に教室に駆け込んだ俺は、息を切らしながら自分の席に着いた。
教科書やノートを机の中から取り出していると、
「あはは、遅かったねー。動物園でも遅かったし、最近のユータはトイレ遅い系男子?」
小春がいつものように、にへらーと笑いながら言った。
「なんだよそれ。たんにダラダラしてただけだってーの」
小春の顔はいつも通りに見えた。
いや、どうだろう。
少し緊張が感じられるように見えなくもない。
いや、それこそ俺の考えすぎか?
小春の表情を少し窺っていた俺に、反対側から姫乃ちゃんの声がかかる。
「勇太くん、次の授業は数学Iじゃなくて古文ですよ」
「え? ああ、そうだったな。ごめん、なんかうっかりしていた」
俺はいそいそと数学の教科書をしまうと、古文の教科書を取り出す。
「ふふっ」
それを見て姫乃ちゃんが小さく微笑んだ。
その顔はいつも通りの姫乃ちゃんに見える。
でもなんとなくだけど、表情が少し硬いような気がしなくもなかった。
なんて思っているうちに授業が始まり、俺は前を向く。
とはいうもの、授業が始まっても俺の頭の中は2通のラブレターのことでいっぱいで。
授業を聞くふりをしつつ、俺はなんて答えるべきか、――つまりは小春と姫乃ちゃんのどっちが好きなのかを、ずっと考え続けていた。
当然、古文のお爺ちゃん先生の授業は、俺の耳には全く入っては来なかった。
――そしてついに放課後になった。
小春と姫乃ちゃんが席を立った。
「ちょっと用があるからー」
「すみません、私も少し用事です」
いつもは一緒に帰る2人が、なぜか今日に限って早々に教室からいなくなる。
これでもう疑う余地はない。
あのラブレターは小春と姫乃ちゃんが書いたラブレターだ。
そして授業中ずっと考えたけど、俺の答えはまだ出てはいなかった。
このままじゃ答えられない。
だけど屋上に行かないという選択だけは、何があっても取ることはできなかった。
それは想いを伝えようとしてくれた2人を裏切る、最低の選択だ。
「行こう――」
俺は教室を出ると、屋上へと向かう。
部活に行く生徒や、帰宅する生徒たちの波に逆らって、俺は階段を上っていく。
足が重い。
まるでマラソン大会の次の日のようだった。
「好きな女の子からの告白なのにな……いや、だからこそか」
好きな子じゃなければサクッと断ればいい。
気持ちに堪えられなくて申し訳なく思っても、それだけだ。
好きな子だからこそ、俺の足はこうも重いのだ――。
階段を登り切ると、屋上へと続く扉がある。
これを開けると、もう後戻りはできない。
「すー……、はー……」
俺は一度、大きく深呼吸をすると、意を決して扉を開けた――




