第82話 1通目のラブレター
俺は5時間目の授業中に、左右に座る姫乃ちゃんと小春の目を盗んで、机の中のラブレターをこっそり制服の内ポケットの中に移した。
そして授業が終わるとすぐに、
「ちょっとトイレに行ってこよおっと」
そう言って校舎の端の階段の一階にある、階段下のスペースに設置された裏寂れた掃除用具置き場まで足早に行くと、
「よし、誰もいないな」
しっかりと周囲を確認して誰もいないことを確認してから、持ってきていたラブレターを制服の内ポケットから取り出した。
「やばい、緊張してきたぞ……すーー、はーー」
俺は緊張を解きほぐすべく、大きく深呼吸をしてから、まずは1通目の封筒を開けた。
するとちょっとおしゃれな感じの薄い萌黄色の便箋に、とても綺麗な整った字で、
『伝えたいことがあります。放課後に本校舎の屋上に来てくれると嬉しいです。』
と、とてもシンプルに書いてあった。
「やっぱり、ラブレターだったか」
生まれて初めてもらったラブレターに、俺のは胸は否応なくドキドキしてしまう。
が、しかし。
俺はすぐにあることに気が付いた。
「あれ? どこにも名前が書いてないぞ?」
便箋は本当にそれだけしか書いていなくて、裏返して見てみても、入っていた封筒を見てみても、差出人と思しき名前はどこにも見当たらない。
「うっかり名前を書き忘れたとか? それとも恥ずかしかったとか? いや、来てのお楽しみ、みたいな?」
それこそ理由ならいくらでも想像はできた。
そもそも学校でラブレターを出したのなら、相手はまず間違いなく同じ学校の生徒だろう。
どのタイミングでラブレターが読まれるかがわからない以上、自分の名前を書くと、そこから指定した時間まで、針のむしろのような気まずい時間が続いてしまう。
ゆえに、名前を書かないのはむしろ当然と言えよう。
「でもこの字、なんとなく姫乃ちゃんの字に似てるような気がするような……? いや、ちょっと、確信はないんだけども」
中間テストの前に一緒に勉強会をした時に見た姫乃ちゃんの字と、なんとなく似ている気がした。
姫乃ちゃんの字は一言で言うと――書道上級者みたいにめちゃくちゃ上手ってわけじゃないんだけど――とてもバランスがよくて読みやすい。
さらに筆圧が少し薄目なところもそっくりだった。
ぐりぐりと力を込めて字を書く小春とは全然違うなと思った記憶があった。
「姫乃ちゃんが俺にラブレター……姫乃ちゃんが俺に……って! いやいや! 勝手にそうだと思い込んで、いざ行ってみたら違っててショックを受けるのは、超カッコ悪いぞ俺」
俺は差出人が姫乃ちゃんかも? という想像をうっすらとしながらも、いったん保留とした。
なぜなら休み時間は10分しかなく、ラブレターはもう1通あったからだ。




