第66話 ライオン・クライシス
「そ、それで勇太くんはどうですか? 動物園、行きませんか?」
すると、姫乃ちゃんはうまく話を変えてきた。
というかパンダから脱線したのを軌道修正して、当初の話題に戻ったというか。
「いいな、みんなで行こうぜ。中学生になってからは一度も動物園って行ってないから4年ぶりかな? 俺も久しぶりにライオンを見たいよ」
百獣の王。
男子の憧れの象徴。
キング・オブ・ザ・ビースト。
それがライオンという動物である。
小春がパンダが見たいと言ったように、俺も男子として割と普通の希望を何気なく言ったのだが。
「え、ユータ知らないの? もうオージ動物園にライオンは居ないんだよ?」
小春からはそんな信じられない答えが返ってきた。
「おいおい小春、バカ言ってんなよ。ライオンのいない動物園とかあるわけないだろ」
「あーあ、可哀そうにー。時代に取り残されたユータは何にも知らないんだねー」
「え、マジで言ってんの……? 嘘だろ……? だってライオンだぞ……? 百獣の王だぞ……? 言わば動物園の顔だろ……?」
「あの、勇太くん。これを……」
予想外の事態に動揺を隠せない俺に、姫乃ちゃんがスマホで動物園の公式ページを開いて見せてくれる。
そこには動物図鑑が乗っていて、その中のライオンのページにこう書いてあった。
『現在当園では飼育しておりません』
「な、なんだってーっ!? 本当じゃないか!? そんなバカな!?」
「ほらね? アタシの言った通りじゃん」
妙に小春が勝ち誇った顔をする。
普段なら「また小春が調子に乗ってるな。しょうがない奴だなぁ」とか思う俺も、今はそれ以上に、ライオンがいないという事実にショックを受けていた。
「そんな、本当にライオンがいないなんて……」
男の子の憧れ、百獣の王ライオンはもうこの街にはいないんだ……。
呆然とする俺に、
「えっと、ライオンはいないんですが、動物園どうしましょうか? やっぱりやめておきますか?」
姫乃ちゃんが申し訳なさそうに尋ねてくる。
おっとと、ライオン・クライシスのせいで、つい自分の世界に入ってしまっていたよ。
姫乃ちゃんにこんな申し訳なさそうな顔をさせてはいけない!
俺は気持ちを切り替えると言った。
「ま、それとこれとは話が別だよな。さっきも言ったけど、3人で行こうぜ。動物園は小学校以来だから楽しみだ」
「そうそう。パンダもいるし、きっと楽しいよー」
口を開けばパンダ。
ウキウキの小春である。
「じゃあいつ行きましょうか? そろそろ梅雨入りですし、今週の土日なら天気予報もいい感じかなって思うんですけど」
「アタシは今週末なら空いてるよ」
「俺も大丈夫だぞ」
「じゃあ土曜日でいいですか?」
「おっけー」
「了解」
というわけで。
俺は小春と姫乃ちゃんと一緒に、週末に久しぶり動物園に行くことになった。




