第65話 動物園のお誘い
季節外れの暑さは過ぎ去り、初夏らしい過ごしやすい気温が続いていたある日。
「勇太くん、小春ちゃん。動物園のチケットがあるんですけど、良かったらみんなで行きませんか?」
学校帰りのいつもの通学路で、姫乃ちゃんがそんな提案をしてきた。
「なになに、ひめのんのおごりってこと?」
「お父さんがお仕事で貰ったみたいなんです。ちょうど3枚あるので、どうかなと思いまして」
「アタシ行きたいなー。オージ動物園だよね? パンダいるよパンダ。生パンダ見たーい」
小春はすっかり乗り気の様子だ。
「小春は昔からパンダが好きだよなぁ」
「だってパンダ可愛いでしょ? ぬいぐるみみたいで。ねー、ひめのん?」
「ふふっ、そうですね。ずんぐりむっくりしていて愛嬌があって、とても可愛いと思います」
「だよねー♪」
パンダにはしゃぐ小春を見て、懐かしい記憶が蘇ってくる。
「そういや覚えてるか? 小6の時に遠足でオージ動物園に行ったときのこと」
「何があったんですか?」
興味津々って感じで姫乃ちゃんが尋ねてくる。
「小春がさ、なんと自由時間ずっとパンダの前から動こうとしなかったんだよ。なー、小春」
「あはは、あったね、そーゆーことも。あの日、初めて生でパンダを見て、もう一発で虜になっちゃったんだよね」
「俺が何度も『他の動物も見に行こうぜ』って言っても、『パンダがいい!』って手すりをぎゅっと握って動こうとしなくてさ。一人にするわけにいかないし、しょうがないから俺も自由時間の1時間ずっとパンダを見てたんだ」
「えへへ……あの時はごめんねユータ♪ どうしてもパンダ欲が抑えきれなくて」
小春が照れ笑いしながら、可愛らしくごめんなさいをした。
素直でよろしい。
「まぁいろんなパンダが見れて、それはそれで楽しかったけどな」
「そーゆーことをサラッと言えちゃうのが、ユータのいいところだよね。ねー、ひめのん」
「ふふっ、わかります」
にへらーと嬉しそうに笑う小春に、姫乃ちゃんが笑顔でうなずいた。
「ま、小春は甘えんぼだからな。俺が大人にならないとだ。これぞ大人の男っていうのかな」
「そーゆーことをサラッと言うから、ユータはダメなんだよねー! 褒めるとすぐこれだから。あー、やだやだ子供っぽい男子って。ねー、ひめのん?」
「え、あの、ええっと、それは、その……勇太くんも冗談でしょうし……なんていうかその、こういうのは状況によりけりといいますか……」
ムキー! と言った小春に、姫乃ちゃんが言葉を濁しながらあいまいな言葉を返した。
「こら小春。姫乃ちゃんが困ってるだろ」
小春は明らかに「俺専用、俺に対してしか言いませんけど」って感じで冗談で言っていた。
しかし姫乃ちゃんは俺にすら、冗談ですら悪くは言わない性格の女の子だからな。
ここは少し違った性格の2人の間に、俺がうまく入ってあげないとだ。(使命感)
というか小春は、地球温暖化や学校のテストについてはぶーぶー文句は言うが、他人の悪口は絶対に言わないからな。
ほんと俺にだけ。
まったく小春は俺に対して、重度の甘えんぼなんだからさ。(苦笑)




