第60話 嬉し泣きする姫乃ちゃん
しかも手足が長い姫乃ちゃんが手を上げると、視覚的にも圧迫感がある。
ここから飛ばれたらかなりの高さがありそうだと相手にプレッシャーをかけ、難しいプレーや体勢の悪いプレーを選択させたりして、ミスを誘発させるのだ。
もちろんただ手を上げて立っているだけなので、普通にシュートを決められることも多かった。
なにせただ手を上げて立っているだけだから、それはまぁしょうがない。
今も目の前で上手くシュートを決められてしまい、
「はう……」
姫乃ちゃんがしょんぼりと悲しそうな顔で俺を見てきたが、俺はすぐに両手で親指をグッ! としながら笑顔を返した。
全然オッケーという意思表示だ。
姫乃ちゃんがホッとしたような顔になる。
まったく、心配性なんだからさ。
だけど大丈夫だぞ、姫乃ちゃん。
グレートウォール(万里の長城)ディフェンスはちゃんと効いているからな!
その後も、相手が体勢を崩しながらシュートを打ったり、姫乃ちゃんの高さを嫌がって、遠目からシュートを打ったりして、それが外れることもまぁまぁあって、得点を阻止する効果は十分にあった。
こうして姫乃ちゃんは囮作戦以外にも、守備でも活躍の場を見出し。
攻守にわたる小春の大活躍もあいまって、5クラス総当たり戦で4戦全勝した1組女子は、見事に優勝を果たしたのだった。
(ちなみに男子は2勝2敗で全5クラスが並び、学校史上初となる5クラス同率1位で終わっていた)
閉会式が終わって着替えると、帰りのホームルームで先生からお褒めの言葉を貰って、今日は解散となる。
帰り道。
俺と小春と姫乃ちゃんはいつものように3人で通学路を歩いていた。
話題はもちろん今日の球技大会についてだ。
というかそれ以外にあるはずもない。
「小春、姫乃ちゃん、優勝おめでとう」
なにはともあれ、俺がまず祝福の言葉を伝えると、
「ユータも優勝おめでとー」
小春からもおめでとうが返ってきた。
「ま、男子は全チームが優勝だったけどな」
「それはそれでレアな体験だよねー」
小春が楽しそうににへらーと笑った。
「うちのクラスが優勝……私が入ったチームが優勝……今でも信じられません。夢を見ているみたいです。明日は季節外れの雪でしょうね」
そしてしみじみとつぶやく姫乃ちゃんである。
「あはは、なに言ってるの、ひめのん。どの試合も大活躍だったじゃん。シュートだって5本も決めてたし。しかも5分の5! 成功率100%!」
「そうだぞ姫乃ちゃん。囮作戦で小春からうまくマークも引きはがしてたし、シュートも決めた。ディフェンスも頑張ってた。今日までの地道な努力が実を結んだ結果の優勝だってば」
「シュート1つとっても、たった1種類のシュートの練習を、ひたすらこつこつとやり続けてきたもんね」
「ああ。部活に打ち込むバスケ部員ならまだしも、苦手な球技大会のためにそこまでやったことは賞賛しかないっての。姫乃ちゃんはすごいよ。胸を張っていいぞ」
俺と小春に褒めちぎられて、
「ううっ、ありがとうございます……」
ついに姫乃ちゃんは、感極まったようにポロポロと泣き出してしまった。
「ちょっと、ひめのん、泣いちゃだめだよ~!?」
「姫乃ちゃん!?」
「すみません。優勝も、こうして褒めてもらえたことも、勇太くんや小春ちゃんが必殺技を考えてくれたり、つきっきりで練習に付き合ってくれたことも、本当に嬉しくて、嬉しくて……」
嬉し泣きをする姫乃ちゃんは足を止めると、ポケットからハンカチを取り出して目元を拭った。
「よかったね、姫乃ちゃん」
俺はそう言うと、他の生徒の下校の邪魔にならないように、小春と姫乃ちゃんを道路脇に誘導した。
そして姫乃ちゃんの気持ちが落ち着くまでゆっくりと見守っていたのだった。
こうして球技大会は、姫乃ちゃんが嬉し泣きするくらいに大成功に終わった。




