第50話 覚醒する姫乃ちゃん
「オッケー。じゃあ説明するな。基本的には左ゴール下の斜め前、ゴールまで少し遠いなってくらいの位置に陣取って欲しい」
「右はダメなんですか?」
「小春が右サイドから攻撃するのが好きだから、そのスペースを作るために反対サイドにいて欲しいんだ」
「なるほどです」
「あとは小春がボールを持ったら、手をあげて大きな声でパスを要求して欲しいんだ。小春じゃなくて相手にアピールするように、できるだけわざとらしく。なるべく大げさに、できれば高さがでるように」
「わかりました」
「とりあえずは以上だ」
「……えっと、それだけ、ですか?」
「まぁオフェンスはそれだけかな? おいおい追加でやって欲しいことはあるんだけど、最初は簡単にできることからってことで。あとの細かいことは小春たちと打ち合わせてくれたらって感じで。それとディフェンスの時なんだけど――」
こうして姫乃ちゃん囮作戦――通称『何もしない作戦』がスタートした。
作戦会議をしながらのストレッチを終えた俺たちは、軽くパスやドリブル、シュートといった基礎練習をした後、練習試合――クラス内での試合なので紅白戦かな?――を始める。
小春が敵陣でボールを持つと同時に、
「小春ちゃん! こっちです! パスです!」
姫乃ちゃんが両手を高く上げながら、大きな声でパスをくれとアピールした。
背筋をピンと伸ばして、伸びをするように両手をあげ、さらにはわずかにかかとも浮かしている。
「おお!? 思ってた以上に高いぞ」
外から見ていても、抜けた高さを感じる。
外から見てこれなら、中でやっている相手選手からしたら、かなり高く感じているだろう。
そして高さがモノを言うバスケという競技の性質上、姫乃ちゃんを無視することはもうできないはず。
俺の読み通り、効果はてきめんだった。
相手チームの選手が姫乃ちゃんのマークについた。
それも2人も。
いわゆるダブルマークだ。
これだけ高いフォワード相手に、ゴール下は1人じゃ守れないという判断だろう。
しかしその瞬間だった!
手薄になった敵ゴール下に、小春が鋭いドリブルで一気に切り込む!
小春はマーカーをあっさりと振り切って、ドリブルからの流れるようなレイアップシュートで、なんなくゴールネットを揺らしてみせた。
「えへへー、いぇい!」
いける、いけるぞ!
作戦は大成功だ!
だけど俺がなにより嬉しかったのは。
「今のでいいんですよね!」
「うん、すっごくよかったよ。ナイスひめのん!」
小春とハイタッチする姫乃ちゃんが、昨日の帰り道の死んだ魚のような目とは打って変わって、生き生きとしていたことだった。
姫乃ちゃんが俺に視線を向けてくる。
俺が右手を胸の前でグッと握ると、姫乃ちゃんはそれはもう嬉しそうににっこりと笑ったのだった。
それからも姫乃ちゃんは囮の技術を磨き、さらにはちょっとした新技も覚えたりと、精力的に練習を積み。
そうこうしているうちに瞬く間に9日が過ぎていって、ついに新入生バスケットボール球技大会の日がやってきた。




