第45話「2人だけの世界でぇ、言葉のパス交換をしてぇ、楽しそうだねぇ~?」
「懐かしいですね。放課後、毎日のように、勇太くんが逆上がりの練習に付き合ってくれたんですよね。成功するためのコツを調べてくれたり、ダメなところを教えてくれたり。あの時のことは今でもはっきりと覚えています」
「俺もよく覚えてるよ。でさ? あの時だって、姫乃ちゃんは最初はできないって言ってたけど、最後はできるようになっただろ?」
「あ――」
姫乃ちゃんが目をハッと見開いた。
「だから今回もきっとうまくいくって俺は思うんだ。だから元気だそうよ姫乃ちゃん」
横を歩く姫乃ちゃんの背中を、元気づけるように軽くポンポンと2回、さするように優しくたたいてあげると、姫乃ちゃんは嬉しそうに小さく笑った。
悪くない笑顔だった。
少なくとも気持ちは少し楽になってくれたに違いない。
「勇太くんの言葉を聞いていたら、なんだか少しだけ前向きな気持ちになれた気がします」
「そうそう、その意気だよ姫乃ちゃん」
「といっても、少しだけですけどね」
「少しでもなんでも、マイナスよりは絶対にいいだろ?」
「ふふっ、間違いありませんね」
「じゃあ近いうちに一緒に、今度はバスケの練習だな」
「その時はよろしくお願いしますね」
「おうよ、任せとけ。勉強を教えてもらったお礼を、倍返しでさせてもらうからな」
「はい、頼りにしてますね」
とまぁ、球技大会の選手に選ばれてしまった姫乃ちゃんのやさぐれた気持ちを、俺は上手くほぐすことに成功したのだが――。
「2人だけの世界でぇ、言葉のパス交換をしてぇ、楽しそうだねぇ~? あ、もしかしてこれがバスケの練習の予行演習ってこと? あ、そう。ふーん?」
俺と姫乃ちゃんの間に、小春がにゅうっと割り込んできた。
「今のはたんに元気づけてあげただけで、別にそんなんじゃないっての」
「そ、そうですよ。私が凹んでいたので元気づけてくれたんです」
「だいたいユータ。アタシも球技大会に出るんですけどー?」
「小春は運動得意だから、特に俺が教えることはないだろ? ドリブルもシュートも上手いもんじゃないか」
そりゃ男女の運動能力の根本的な差はあるだろうけど、球技のセンスってことだけ見たら、小春の方が俺よりもはるかに筋がいいと思う。
「むー!」
「なにふくれっ面をしてるんだよ。褒めてるじゃないか」
「むぅぅぅぅぅぅ!」
さらにむくれる小春。
と、ここで姫乃ちゃんが素敵な提案を出してきた。
「で、でしたら、3人で練習するのはどうでしょうか? 三人寄れば文殊の知恵と言いますし。私はその、この件に関しては貢献度はゼロですけども……」
最後は消え入りそうな声になった姫乃ちゃんだが、言ってることは実にもっともだ。
「小春と姫乃ちゃんはチームメイトなんだし、一緒に練習して損はないよな。連携プレーの練習もできるだろうし」
「勇太くんだけでなく、小春ちゃんにも教えてもらえたらいいなって、思うんですけど」
「まぁそこまで言うなら、仕方ないかなぁ。3人で練習しよっか~」
俺たちにおだてられて、まんざらでもなさそうにうなずく小春だった。




