第28話「あーんって言ってるじゃん! ほら! あーん! あーん! あーん!」
「なんだ、冗談かよ。ビックリしたよ」
「半分は本気でしたけどね」
「え──っ」
「それも冗談です。ふふっ」
「姫乃ちゃん。もしかして俺のことをからかってる?」
「はい、ちょっとだけからかっちゃいました」
「否定するかと思ったのに、まさかの肯定をされてしまった」
俺の反応を見て、またもやふわりと笑う姫乃ちゃん。
「でも一番は懐かしかったからです。『あの時』と同じことをしてみたくなったんです」
「そういや『あの時』もタコさんウインナーを『あーん』してもらったっけ」
小学校6年生の時の遠足で、俺は姫乃ちゃんに「あーん」をしてもらった。
緊張しすぎてまったく味は感じなかったんだけど、その時の記憶は今でもしっかりと脳裏に焼き付いていた。
あの時、俺は人生で初めて女の子に初めて「あーん」してもらったんだよな。
それも初恋の女の子に。
「はい。せっかく再会できたんだから、またあの時みたいに勇太くんに『あーん』したいなって思ってしまって。一度思ったら気持ちが止まらなくなってしまって」
「お、おう……そうか」
姫乃ちゃん、そんなに恥ずかしそうに頬を染めながら、上目遣いで言わないでくれ!
俺までめちゃくちゃ恥ずかしくなってくるから!
ちなみに転校してからは、その、小春に「あーん」してもらうことが何度もあった。
家が隣の幼馴染みで、毎日のようにお互いに行き来していた仲なんだから、そりゃ「あーん」くらいされても当然だよな?
上目遣いの姫乃ちゃんに見つめられるのが恥ずかしかったのと、小春にあーんしてもらったことを思い出したのもあって、チラリと小春に視線を向けてみると、小春は「むー!!!!」って顔をしていた。
目が合ったのを話に入ってくる好機と見たのか、
「はいユータ! あーん!」
頬を膨らませた小春が、玉子焼きを俺の口元に突き出してきた。
突き出してきたというか、玉子焼きを俺の唇にぐいぐいと押し付けてくる。
しかも丸々一切れを。
「ちょ、なにすんだよ小春――」
「あーんって言ってるじゃん! ほら! あーん! あーん! あーん!」
「わかったから! わかったから無理やり押し込もうとするなって。そんな大きいのを丸々一切れ口に入れるとか――んぐっ!? もごっ!? もぐもぐ……もぐもぐ……もぐもぐ……ご、ごくん」
口の中に無理やり突っ込まれた大きな玉子焼きを、俺は口をハムスターのように膨らませて嚙みこなすと、なんとか飲み込んだ。
「はい、お茶」
「サンキュー」
小春が水筒のお茶を入れてくれたので、ごくりと飲み干す。
熱すぎることもなくぬるすぎることもなく。
いい感じに飲み頃なお茶のおかげで、無理やり押し込んでちょっと詰まった感のあった食道が一気にすっきりとした。
さすが小春、気が利くなぁ。
……でもあれ?
俺の口に無理やり玉子焼きを押し込んできたのは、小春だったような?
つまりこれはマッチでポンプというヤツでは?
いやまぁいいんだけども。
「どうだった?」
「やっぱりうちの味だな。完璧に再現されている。まったく違いを感じない。ここまで再現するとはすごいもんだよ」
俺は改めて小春の技術に賛辞を贈ったのだが、
「違うしー! あーんの感想に決まってるでしょー!」
どうやら聞きたいのはそう言うことではないようだった。
ここで「無理やり押し込まれたから飲み込むのが大変だった」などと言って照れ隠しするヤツは、幼馴染み失格である。
「嬉しかったけど、さすがにちょっと恥ずかしいかな。でも嬉しさの方が圧倒的だよ」
俺的にはわりと慣れている行為とはいえ、それでも恥ずかしさが完全になくなるわけではない。
ましてや今は姫乃ちゃんの前だしさ。
「えへへ、そっかー」
俺の返事に満足いったのだろう、小春はむくれたような顔から一転、にへらーと相好を崩したのだった。
代わりに姫乃ちゃんがちょっと拗ねたような顔をしていたけど、その後お弁当を普通に食べ始めたらすぐに元のふわりとした笑顔に戻っていた。
2人分が作ってくれたお弁当を美味しく完食する。
「ごちそうさまでした。2人ともありがとう。すごく美味しかった」
「どういたしまして。明日も作ってきますね」
「じゃあ明日も作ってくるねー」
2人の返事が重なる。
「サンキュー。楽しみにしてる」
どうやら俺は明日も、2人の手作り弁当を食べさせてもらえるようだった。




