第14話「俺は2人とも好きだ。俺はどうすればいいんだろう――」
校門まで行って姫乃ちゃんとお別れをした後、俺は小春と駅までの通学路を歩いていった。
のどかな春のお昼時。
俺たちは中学までと同じように肩を並べて歩く。
だけどいつもより、小春との距離がほんの少し近い気がした。
なぜわかるかというと時おり、お互いの指とか肩が触れるからだ。
「そーだ。朝行くときに、話があるって言ってたよね?」
いかにもふと思い出したような口調で、小春が尋ねてきた。
しかしちょうど周囲に誰もいないタイミングだったので、話を切り出すタイミングをうかがっていたのかもしれない。
「あーっと、それは……やっぱり今はいいかなって」
しかし俺は、曖昧な言葉で返事を濁してしまう。
そう。
今の俺にはもう、小春に告白することはできなかった。
小春のことが嫌いになったんじゃない。
小春は今だって大好きだ。
明るくて可愛くて、お姉さんぶって面倒見がいいのに、時々甘えんぼをしてくる大切な大切な幼馴染み。
でも俺は再会してしまったんだ――俺の初恋と。
俺は姫乃ちゃんとまた出会ってしまったのだ。
終わったはずの初恋が突然、終わっていなかったことになって目の前に現れた。
それは俺の心を激しく揺さぶっていた。
感情が震えて、猛って、荒ぶって、いろんな感情が爆発してごちゃ混ぜになってしまっていた。
白状しよう。
俺は小春と姫乃ちゃんの2人を、同じくらい好きになってしまっていた。
今恋と初恋。
2人の女の子に同時に恋してしまっていた。
あまりに不誠実すぎて自分のことながら愕然としてしまう。
しかしそれが頭で分かっていても、心はまったく言うことを聞いてくれなかった。
俺の心は2人の女の子への好意で、いっぱいになってしまっていたから。
小春のことだから、曖昧な言葉を返した俺に「言ったことはー、実行しないといけないと思うなー」的なことを言ってくると思ったのに、
「ふーん、そっかー」
小春は特に話題を膨らませることもなく、それだけで済ませてしまった。
「……何の話をしようとしたのか、聞かないのか?」
「聞いたら教えてくれるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「だったらいいよー」
「そ、そうか……」
そこで会話が途切れ、お互い無言のままでしばらく通学路歩く。
駅が見えてきたあたりで小春が言った。
「でも1つだけ聞いていい?」
「えっと、なんだ?」
話題が話題だけに、何を聞かれるのかと身構える俺。
「ひめのんは、ユータの彼女だったの? いわゆる元カノ?」
「まさか。当時は小学生だぞ?」
「あはは、だよねー。答えてくれてありがと」
「それだけか?」
「うん、それだけ」
なんでそんなことを聞いたんだ、とはどうしても聞けなかった。
聞いちゃいけない気がした。
俺と小春の間に、あまり感じたことのなかった硬い空気感が漂いかけて――、
「っていうか、教科書重すぎない? いきなり全部渡されても、持って帰るのも一苦労なんだけどー」
だけど小春はすぐに、いつも通りの幼馴染みなやり取りを始めた。
それに内心ホッとしてしまう俺がいた。
「俺も思った」
「でしょー」
「でもそうだよな。重いよな、ってわけで俺が持つぞ」
「そんなの悪いからいいよ。ユータだって自分の分があるんだし」
「いいから貸せっての。男子の方が力持ちなんだからさ。適材適所だ」
俺は小春の持つ通学カバンに手をかけた。
「もー、強引なんだから。じゃあはい」
「任せとけ」
鞄を受け取る時に、俺と小春の指先が触れ合う。
「ぁ……」
「ぅ……」
これくらいの接触は今までに数えきれないほどあったのに、今日に限って妙に意識してしまう。
「し、新品だから、大切に扱うよーに!」
「お、おうよ」
右手に自分の鞄を持ち、左手に小春の鞄を持つ。
両手にずっしりきて内心ウっとなったんだが、顔には出さない。
俺は男の子だからな。
女の子の前では見栄を張るのだ。
「ありがとね、ユータ。えへへ」
「気にすんなって。余裕だから」
俺はイイカッコしながら駅に行き、電車に乗り、家に帰った。
こうして俺の高校生活は、初恋の姫乃ちゃんと再会するという思いもよらない形で幕を開けたのだった。
そしてその日の夜。
「俺は2人とも好きだ。俺はどうすればいいんだろう――」
初恋の姫乃ちゃんと、今恋の小春。
俺は寝落ちするまでずっと、真っ暗な自分の部屋の中で2人の女の子のことを考え続けていた。
もちろん結論が出ることはなかった。
出るはずもなかった。




