第11話「ふふふーん、アタシだって今日も朝からユータのおちん──」
「秘密ってなに?」
小春が姫乃ちゃんではなく俺に聞いてきた。
「ごめん、それはちょっと言えなくてだな……」
「えー、アタシとユータの仲でしょー」
「幼馴染みでも言えない。これは秘密中の秘密なんだ」
「ぶぅ! ちょっとくらいいいじゃんかー! ユータのケチー! いじわるー!」
「いやその、ちょっとも言えなくてさ? ケチでも意地悪してるわけでもないんだぞ?」
言ったら姫乃ちゃんの尊厳を傷つけてしまうから、これだけは絶対に言えない。
たとえ相手が絶対に信頼できる幼馴染みの小春であっても。
絶対の絶対に言えないのだ。
「むー! でもそんなこと言ったら、アタシだってユータと二人だけの秘密があるもんねー」
「えっ、そんなのあったか?」
「ほら、アレだよアレー」
「いや。アレとか言われてもわかんないんだけど。何かあったかな?」
考えても、特に特別な秘密的なものは思い浮かばなかった。
小春って教室でおもらししたことあったっけ?
「だからアレだってばー」
「うーん……あ、もしかして」
「それそれ。多分」
「小春は目玉焼きにはお好み焼きソースをかける派なことか? さすがに珍しいもんな」
小春以外に目玉焼きにお好み焼きソースをかける人を、俺は見たことがなかった。
ちなみに俺は普通に塩コショウ派だ。
姫乃ちゃんもたしか塩コショウだったはず。
4年前の話なんで、今がどうかはわからないけど。
「違いますぅ!! それは別に隠してないですー! むしろお好み焼きみたいに美味しくなるよって、みんなに布教してますー!」
「じゃあなんだろう……?」
皆目見当がつかないんだが?
「だから今朝の話なわけー」
「今朝の話って……まさかアレってアレかよ!?」
寝起きのちんち──こほん、センシティブ・ハプニングのことか!?
「ふふふーん、アタシだって今日も朝からユータのおちん──」
「女の子がそんな言葉を教室で言っちゃいけませんよ!? っていうか、そもそも秘密なんだよな!?」
小春にちんちんを握らせたとか教室で暴露されたら、俺はエロ男子と認定されてしまい、始まったばかりの俺の高校生活が崩壊してしまうのは必至!
エロ男子認定されて女子から距離をとられる
↓
女子に嫌われたくない男子にスルーされる
↓
なんということでしょう!
ボッチ勇太の完成です!(涙)
慌てて見渡すと、しかし既に教室には俺たち3人以外の生徒は残っていなかった。
そのことにとりあえず俺はホッと胸をなでおろす。
「おおっと、そうだったそうだったー。これはアタシとユータの2人だけの秘密なんだったー」
「秘密……おちん……? ……はぅぅ!?」
姫乃ちゃんが大きく目を見開いて、顔を真っ赤にした。
さっきまで俺の目を見ていた視線が、今は俺の下腹部あたりに向いているのが分かる。
「姫乃ちゃん、いったい何を想像したのか敢えては聞かないけど、何もなかったからな! ほんとだぞ!」
「は、はい……」
姫乃ちゃんが真っ赤な顔のままこくこくと頷いた。
素直なところは昔とぜんぜん変わっていないなぁ。
視線の位置も全然変わっていないけど!
「それと小春も、そんな思わせぶりな風に言わないの。あれは事故なんだからな?」
「事故という体」
「体じゃないから。れっきとした事故だから」
「はーい」
小春がてへぺろっと舌を出した。
これまたとても可愛いかったのは言うまでもない。
というわけで、なんとも不穏な気配を漂わせていた2人の自己紹介が終わった。
2人がいい感じに仲良くできないかなと、俺は頭を巡らせていたのだが、
「なんとなくだけど、二宮さんとは仲良くなれそう」
小春が笑顔で右手を差し出した。
「私も小鳥遊さんとは気が合いそうです」
姫乃ちゃんが小春の手を握って、2人は仲良くシェイクハンズをした。
さっきまでの張り合うようなやり取りが嘘のように、2人は通じ合うものがあるようだった。
なんだ、やっぱり俺の気のせいだったか。
2人とも優しい女の子なんだから、ま、当然と言えば当然だよな。
こんな天使2人に、不穏な雰囲気を一瞬でも感じてしまった自分が恥ずかしいよ。
「小春でいいよー。友達はみんなそう呼ぶし」
「でしたら私も姫乃で構いませんよ」
「じゃあ、ひめのんでいい?」
「その呼ばれ方は初めて方ですが、ふふっ、なんだか可愛いですね。じゃあ私は小春ちゃんと」
「よろしくね、ひめのん」
「よろしくお願いします、小春ちゃん」
こうして俺の初恋の姫乃ちゃんと、今恋の小春は仲良く友だちになったのだった。
その後、姫乃ちゃんとラインの交換をする。
(もちろん姫乃ちゃんと小春も交換していた)
「よろしくね、勇太くん」の文字とともに、小さくて可愛い猫っぽいデフォルメ動物が、ぺこりとお辞儀をしているスタンプが送られてきた。
俺も持っている中で一番可愛い挨拶スタンプを送り返した。
これでいつでも姫乃ちゃんと連絡を取ることができるようになったんだ。
4年間、連絡を取ることすら叶わなかった姫乃ちゃんと、これからはスマホ1つでいつでも繋がれるんだ――。
その事実に、途方もない幸せを感じてしまう俺だった。




