雨宿り
情けないお話し。
細かい考証はしていません。
人口は多いが都市開発の遅れた街。駅から歩いて5分。
昔からある小さなゲームセンター。古いアーケードゲームの座席には、タバコの焦げ跡なんかがある。
禁煙の張り紙だけが新しく、煤けた壁紙から妙に浮いて見える。
オーナーが趣味でやっているような店で、両替機はほぼアンティークで、新札対応の表示の上から『古い機械なので新札対応しておりません』なんて書いてある。
こんな雨の日に、存外仕事帰りのサラリーマンなんかで優わっているものだ。
自前のグローブをはめたサラリーマンが、傘とジャケットを放置して真剣にリズムゲームをプレイしている。コインゲームの台の前には学生時代は柔道なんかをやっていただろう男が、厳つい目でコインを睨みつけている。
高橋は、そんな店内を見図しながらカウンターに近付いた。
「スミマセン。両替をお願いします。」
封筒の中に入った一万円札の束から、1枚。カウンターに置くと、パイトの店員が、ぞんざいに千円札8枚と100円玉20枚を寄越した。
20枚か...。使い切れるだろうか。
コインの交換機に硬化を入れる。ジャラジャラジャラジャラ
コインの音と、各ゲームの発する音楽や効果音。頭が痛くなりそう
「雨音が聞こえないだけ、いいか...。」
高橋は雨が嫌いだった。癖毛が湿気を吸うのも気持ちが悪いし、傘を持ち歩くのも嫌いだ。親友の加藤と決別した日も雨が降っていた。雨音を聞くだけで憂鬱になる。
厳つい男の正面に腰を下ろし、コインゲームにコインを投入した。
無心でゲーム機にコインを落としていく。
何分たったか。意外にも大量にあったコインは、すぐに使い果たしてしまった。
湿気で広がった髪に触れると、手から金属の匂いがした。血の匂いみたいだ。
自動販売機で缶コーヒーを買い、ゲームセンターを出ようとしたところで、厳つい男の傘に足を引っ掛けてしまう。
「あ、ごめんなさい。」
とっさに頭を下げた。正直カタギの顔じゃない。怒らせたら厄介だ。
そっと男の方を見ると男の鋭い目がじっとこちらを捉えている。
マズイ。ここで揉め事は困る。
さっと身を返して出口に向かうと、雨は止んでいた。
重たい手動ドアを押して外に出る。早足に駅と反対側の路地に入る。
大通りに出るか、というところで背後から声をかけられた。
「少し、良いですか。」
ギョッとして振り返ると、先程の男が上着のポケットに手を入れて立っていた。
「なん、でしょうか。」
大通りに出ようと後ずさりしながら無理に笑顔を作る。
トン
なにかにぶつかった。目の前の男に気を取られすぎたのだ。振り向く。
とそこには、リズムゲームをプレイしていたサラリーマンが立っていた。
「高橋さんですね。」
男は胸ボケットから黒い手帳を取り出すと、ニコリとしながら言った。
「私達が何故あなたにお声をかけたか、おわかりですね?」
しばらくの無言
「...わかります。」
どうしようもなかった。
「高橋某。通貨偽造、並びに加藤某の殺害容疑でご同行いただけますか。」
止んでいた雨はまた降り出し、手に染み付いた金属の匂いと、雨の匂いは、加藤を殺したあの日と同じ匂いがした。
閲覧ありがとうございます。
次話、刑事サイドで完結です。