あのころ
「コウ! 待ってよー!」
可愛らしい顔を悲しそうに歪めながら、不安そうに白い髪の少女が声を上げる。
「ハクちゃんも早く早く!」
前を走る紅い髪のコウと呼ばれた少女がくるりと振り返り、大きく手を振りながら大きな声で白い髪の少女を呼ぶ。
必死に走り、何とか紅い髪の少女ーーコウに追いついた白い髪の少女ーーハクはその場に膝をついて方で息をする。
「もーハクちゃんは体力無いんだから。ほら、行こ?」
少し落ち着いたハクに対して手を伸ばすコウは息を切らすどころが汗水1つ流していない。
「うん。今日はイノシシに挑戦しよ」
手を握り返したハクはコウに向かって微笑みながら答える。
その後、2人で森の奥へと歩いて数時間。急に立ち止まったコウは、
「なーーにも見つからない! どうしよハクちゃん!」
と言って吊り気味の炎の様に紅い瞳を不安そうに揺らしながらコウが慌てる。
それに対して冷静にハクは
「ちょっと待って、今探すから」
と言い左右で違う瞳を閉じる。
「“どこ? 私に教えて?”」
仄かに光を放ちながら、ハクが独り言ちる。
それを見たコウは目を輝かせながら
「えっ!? ハクちゃん探索術使えるの!?」
探索術とは、読んで字のごとく探し物の術だ。
「この前……本に書いてあって……」
集中しているからか、上の空な返事をするハク。少しして目をゆっくり開けて、
「……居た。向こうも私達に気付いてるみたいだし、このまま歩いたら会えるよ」
と、微笑みながら答える。
「そっか! じゃあもう少しがんばろー!」
先程の不安はどこに行ったのか、元気になったコウはハクの手を引いて再度歩き始める。
「……いやまぁ……イノシシとは言ったけど……イノシシではあるけどさぁ……」
あれから数分後、2人は大人の2倍以上も体長があるイノシシと遭遇した。
「コウ……これって魔獣じゃない……?」
「魔獣ってアレだよね!? 普通より凄い大きくて強いやつ!!」
2人は繋いだ手をぎゅっと握り合い、冷静になろうとする。少しして手を離すと、
「コウ、倒そう。私達じゃ逃げる事も出来ない」
と言い、ハクは今にも突進して来そうなイノシシの魔獣に向かって手を伸ばす。
「わ……“我らを守れ、清浄なる水膜よ”」
言い終えると同時にハクの手の前から水が出現し、2人の前に透明な膜が完成する。
直後イノシシの魔獣が突進し、膜と衝突して膜が破れる。
「“いくよ! レーザービームゥ!”」
イノシシの魔獣の頭の中心に向かって伸ばしていたコウの指先から細いレーザーが発射される。
「えっ……待って待って待って!?」
「……っ」
ギリギリでイノシシの魔獣の頭を貫けたものの、既に目の前に迫っていた魔獣は止まらない。
「ハクちゃん!!」
コウがハクに足払いをし、その場に転倒させる。
「いっ……コウ!?」
仰向けに倒れ、後頭部の痛みに呻きつつ周りを確認する。
……少し離れた木の根元が赤く染まっている。
「コウ! “全てを癒す温かき光、穢れを洗い流す清浄なる聖水、彼の者を癒す奇跡を起こしたまえ”!」
コウの元へ駆けつつ折れた骨を、割れた肉を、潰れた内蔵を元の状態に戻す魔術を唱える。
唱え終えると同時に手をコウへと向け、コウを光と水で包む。
「……ぅ……」
意識の無かったコウが眉を顰め、薄く目を開く。
「……ハ……ク……」
「良かった……! 大丈夫? ごめんね、私じゃまだ完全には治せないの……」
意識がはっきりし始めたコウに、ハクは涙目になりながら申し訳なさそうに告げる。
「いてて……うん。大丈夫。ちゃんと動けるよ。ところでイノシシはどうなったの?」
ゆっくり体を起こしながらコウが話しかける。
「……ん。あっち」
今にも流れそうだった涙を拭いつつ、イノシシを指差す。頭を貫いたからか、あの後イノシシは勢いよく倒れて動かなくなっていた。
「これで今晩はご馳走だね!」
満面の笑みで話しかけるコウに対し、困り顔のハクは
「問題はどうやって持って帰るかだよね……」
と、現時点での最大の問題を口にした。