30話 終幕
2人は相談出来ないまま翌朝となってしまった。
「今日も散歩に行かれますか?」
「そうだね。うん、3人で行かない?」
「畏まりました」
3人でプラプラと散歩をし、市場では買い食いをしたりと昨日の事を忘れる様にと楽しんだ。
「2人ね?ちょっと話があるんだけど」
「はい」「はい~」
2人に昨日の事を話す決心が着いた。
「お久しぶりでございます」
そんなタイミングで奴隷商の声が背後から聞こえた。
「久しぶりって・・・昨日の今日で・・・」
「おっと、そうでございましたか」
「現れたって事は」
「はい。ご察しの通りでございます」
「まだ2人に話してない」
「そうでございましたか」
「少し待ってくれ」
「畏まりました」
そうして、一度は決心したとはいえ・・・否応無しに2人に昨日のあらましを語った。
「2人はどう思う?」
「ご主人様にお任せ致します」
「私もご主人様にお任せします~」
「聞きたい事がある」
「何でございましょう?」
「2人は日本には?」
「日本に行く事が出来るのは貴方のみにございます」
「そっか・・・」
「1人でお帰りになられるか、ここに残るか。2つに1つでございます」
決められない・・・。
「ふむ・・・そうですね。猶予をご用意したつもりでしたが1日しか経ってなかったのは当方の不手際にございます」
「うん・・・?」
「ですので、じっくりと考える時間をご用意させて頂きます」
「どのくらい?」
「そうですね。折角ですから20年程で如何でしょうか?」
「え?」
「それでは20年後に」
そう言うと奴隷商は頭を下げ辺りの景色が暗転した。
そして、瞬きをすると先程まで居たアスガードの市場の近くでは無く家の近くの公園のベンチに座っていた。
そう。日本に帰ってきたのだ。
立ち上がって辺りを見回す。すると、どうにも視線が低い気がする。
そこで気付いたが中学の制服を着ている。
自分の手をまじまじと見つめると、そこにあるのは30代半ばで栄養失調の痩せ細り汚れが染み付きボロボロになった手ではなく、20歳くらいの健康的な手でもなく、成長期の若々しくまだ幼さも残る手だった。
我に返り、走って家へと帰る。
足が遅い、そして体力も無い。高レベルになり筋力も体力もありえない程に上がっていたからこそもどかしく思う。それでも足が前へ前へと進む。
ダンジョンの中でも見た家の玄関、鍵は掛かっていないはずだ。勢い良くドアを開ける。
「びっくりした・・・学校はどうしたの?そんな息切らして。あ、まぁた忘れ物したんでしょ?」
ドアを開けると驚いた顔をしている母親の姿がそこにあった。
20年振りの母親の顔を見た第一印象は思っていたよりも若いだった。
そんな母親の顔を見て安心したのか涙も嗚咽も止められなくなり泣き崩れる俺を母親はイジメられたのかと心配していた。
その事の言い訳に悪戦苦闘しながらも何とかその場をやり過ごしたり、中学の勉強に全然ついていけずにかなり苦労したりもした。
努力の甲斐もあってかなんとか近所の公立高校に受かり。以前は経験出来無かった高校生活を送る事も出来た。
大学進学をし、就職もした。彼女が居た事もあった。
でも、20年後に奴隷商が俺の元に訪れるという事がずっと頭から離れなかった。
その所為か人と距離を置く癖があった気がする。
まだ答えは出ていないのに。
いずれ異世界に行ってしまうかもしれない。
そう思うと親孝行は今からでもしておくべきだ。離れて住んではいるが頻繁に連絡は取っているし、長期の休みの度に旅行に連れて行ったりもしている。ただ、孫の顔が見たいと母親からせっつかれているがそれには応えられていない。
今度こそ異世界で知識チートを使って無双したい。
その思いから今も勉強は欠かしていない。そんな訳の分からない勉強が意外と仕事に役立ったりするから面白い。
そして、以前習得したアイテムボックスや状態異常耐性のスキルが戻った時にも有効かは分からないので普段から身体を鍛えたりもしている。
ジムに通い格闘技も習ったりしている。
そして、20年経ったが奴隷商はまだ来ない。
翌日に来て久し振りとか言うヤツだから人間とは時間の概念が違うのかもしれない。
そう考えると20年後となった時の誤差はどれ程になるのか見当も付かない。
もしかしたら俺が生きている内には来ないのかもしれない。
その考えが浮かんでからは異世界への思いも薄れ、人との距離も近くなり結婚をして子供も出来た。
ようやく親孝行がちゃんと出来た。
そして、気付けば孫も出来た。良い人生だったかと聞かれれば良い人生だったと即答出来る。
ある意味2人分の人生を送った。最初は悲惨だった分、2度目の人生はかなり良かったんじゃないかと思う。
ただ、今もアリシアとアリスとの思い出は色濃く残っている。
最期にあの2人に会いたいとも思うが実のところ今も答えは出ていない。
久し振りに異世界に思いを馳せ公園のベンチに腰掛けていると後ろから声がした。
「お久しぶりでございます」
これにて完結です。
最後までお読み頂きありがとうございました。
優柔不断男の一度目の人生は底辺で二度目は平凡な幸せを手に入れました。
奴隷商からの誘いに彼は乗ったのでしょうか?三度目があったかはご想像にお任せします。




