3話 止揚
奴隷商の後を着いて行くと地下に降りる階段があり、階下からはこれまでと明らかに異なる空気を感じる。
一瞬躊躇するも背中を押され立ち止まる事さえ許されなかった。
「こちらの商品ですがお客様にお勧めの逸品となっております」
「うっ・・・」
陽の光の届かない地下室。安物の蝋燭の灯りに照らされたその商品は。
「多少、腐って爛れ落ちておりますが。お客様にぴったりの商品かと」
良く見るとソレはお互いに抱き合った人だった。
「抱き合わせの商品になってはしまいますが。先程の金額でお持ち帰り頂けます」
2人共に顔は爛れていて骨も見えている。指も当然の様に無くて、膝から下が無かったりと人としての形を保っていると言えるギリギリのラインかもしれない。
「現状お渡しでノークレームノーリターンでお願い致します」
ビチャ───。
こんなタイミングで残っていた腕が腐り落ちた。
「この腕はどうなさいますか?お包み致しましょうか?」
何を言ってるんだコイツは・・・。
「そうですねぇ。今でしたらコレを載せる用の荷台もお付け致しましょう」
なるほど。
この腐った肉塊を2つ荷台に載せてどこかに処分してくれば命だけは助けてやろうって意味か。
「分かった」
「おぉ!こちらになさいますか!お前たち、それでは準備なさい」
立ち上がらせようにも全身が腐っていて触った所から崩れ落ちてしまう。
そこで屈強な男2人が持って来たのは担架の様な物。
そこに1人ずつ載せて地上へと階段を上がっていく。
その担架に載せる時に2人を引き離そうとすると悲鳴にも似た声にならない声が耳を突いた。
「こちらで行いましょうか」
そう言うと魔法陣の描かれた紙を手に持ち謎の呪文を唱えだした。
「こちらを」
と、ナイフを渡された。
「指先で結構です。そして、その血をこの陣の中央にお願い致します」
言われるがままナイフを指先に刺し血の雫が指先に膨れ上がっている。
「こちらに」
血の雫を魔法陣の中央に落とす。
「結構でございます」
肉塊の胸元に紙を置き。また謎の呪文を唱えた。
すると青白い光が胸元に収束していった。
それを、もう1度行った。
「これで契約完了でございます。商品は表の荷台にございます」
「はい・・・」
「それではまたのご利用をお待ちしております」
店を出るとリヤカーの上に肉塊が2つ。
屈強な男2人に促されリヤカーを曳いて店を後にする。
「どうしろってんだよ・・・」
そのまま街外れまで行き人気のない所で頭を抱える。
俺は人生を終わらせようと思っていたはずだ。
それがどうしてこうなった?
この世界に来てから。いや、来る前からそうだったずっと流されて生きていた。
自分からはアクションを起こさず、人をアテにして頼って生きていた。
日本に居た時は中学生だったからそれも仕方がない。でも、それから20年もの間変われなかった。
それは自分の責任だし自業自得なのかもしれない。
こんなクソみたいな世界に連れて来ておいて助言も無ければチートスキルも無くてどうするのが正解だったのか・・・それは未だに分からない。
もし連れて来たヤツが居るのならばそいつに1発喰らわせてやらないと気が済まない。
でも、それももういい。
そう・・・もうどうでもいい。
抗いたい気持ちと諦めの気持ち。相反する2つの感情が俺の中で今もせめぎ合っている。
でも・・・。
「パーフェクトヒール」
20年振りにスキルを唱えた。
すると、荷台の上にある腐った肉塊が・・・緑色とも紫色ともつかない色だったのがみるみるウチに血色の良い肌色になっていった。
「ううっ・・・うわああああ、ぎゃああああああああああああ」
地下室で聞いた声にならない悲鳴とは違い絶叫と呼んだ方が良いかもしれない・・・そんな悲鳴。
悲鳴も途切れ意識を完全に失った様だ。それでも身体はどんどん再生されていく。
腕が生え、足も生え、手も指も再生され、骨が見えていた顔も、腐り落ちた鼻も耳もどんどん再生されていった。
「コイツ・・・エルフだったのか・・・」
意識を失っていても分かる美貌。そして、長く伸びた特徴的なエルフ耳。
「初めて見たな・・・」
噂に伝え聞くエルフは他種族とは隔絶した魔力を持ち。その美貌から愛玩奴隷として高額で取引されたとも聞いたが、聞くのと見るのでは全く違っていて。最早、信仰の対象となってもおかしくない程の荘厳な美しさを感じる。
「パーフェクトヒール」
あまりの衝撃にもう1つ肉塊があったのを忘れていた。
その肉塊に再びパーフェクトヒールを掛ける。
すると、先程と同じ様に再生されていき数分後には見る事さえ畏れ多い。そう感じさせる程に美しい2人のエルフがそこに居た。
2人のエルフに見入っていると後ろから声を掛けられ飛び上がった。




