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29話 神様

ゆっくり過ごすといっても寝てばかりもいられず。

かといって部屋の中で出来る事も限られている。


「ちょっと散歩行ってくる」

「はい。暗くなるまでにはお戻り下さい」


子供じゃないんだから。と、言いかけたが前科があるだけに飲み込んだ。


「分かった」


目的地は無い。ただただ暇潰しに外をプラプラと歩くだけ。


そう思い歩き出したが「こっちに行けば家具工房があるから将棋が指せるな」いやいや、目的も無く歩くんだから将棋は忘れよう。将棋を指して時間を忘れて遅くなりでもしたら本当に怖い。

なので知っている場所を避ける様に知らない方知らない方へと足を向ける。


どれだけ迷子になろうが真っ直ぐ歩けば街壁に当たる。そして、壁沿いに歩けば門に当たる。そうすればどれだけ迷子になろうとも現在地が分かる。


そう思い、適当に歩いていると・・・気付けば辺りに人の気配は無く。治安の良いとされるアスガードとは思えない荒んだ景色になってきた。


「これは・・・流石に戻った方が良いかもな・・・」

「これはこれはお久しぶりでございます」

「え?」


振り返るとそこに居たのは、ヘルヘイムでアリシアとアリスを押し付けてきた奴隷商。


「お買い上げ頂いた奴隷は如何ですか?」

「う、うん。満足してるよ」

「左様ですか。ご不用になられた際には買い取りも行っておりますので」

「要らなくなる訳無いだろっ」


食い気味に答えて奴隷商の言葉を遮る。


「お尋ねしたい事。いえ、お尋ねしなくてはいけない事がございまして」

「な、なんだよ」

「日本へお帰りになられたいですか?」


一瞬、頭がフリーズする。

何でコイツが日本を知ってるんだ?それに、何で俺が日本から来たと知ってるんだ?


「いえ、直ぐにお答え頂く必要はございませんが。こちらにも準備がございますので」

「な、な、な、なんで・・・」


準備って?頭が追いつかない・・・。


「それにしても、まさか20年もアクションを起こさないとは思いもしませんでした」

「え?いや、20年?」


その後も思考が追いつかないまま奴隷商は1人で喋り続ける。


モンスターの1匹でも倒せばレベルが上がってスキルを取得して無双モードに入ったのに。だとか。

転移したその日でも店に行っていれば2人を買えたのに。だとか。

いくらでもやりようがある中で何も正解側のアクションを起こさず20年も掛かるとは思わなかった。だとか。


「とはいえ、期待外れとは申しません。これはこれで私的には愉しませて頂きましたので」

「いや、お前誰なんだよ・・・」

「申し訳ございません、自己紹介がまだでしたか。ローズルと申します」

「名前じゃなくて・・・」


名前なんてどうでもいい。お前は何者なんだ・・・。


「簡単に説明しますと。この世界の母の様な存在。そんな神に仕える者でございます」

「神に・・・」


だとしたら、俺をこの世界に拉致したのは・・・。


「いえ、それは私でございます」

「お前がっ・・・!」

「ですが、それは貴方が望まれた事ですよ?」

「は?俺がいつそんなっ」

「親がムカつく。先生がムカつく。勉強したくない。逃げ出したい。ここでは無いどこかに。そう望まれたのは貴方ですよ?」

「いつだよ、そんな事思った事無い」

「いえ、確実にそう思われておりました。その結果が今ですので」

「そんな関係無いだろっ。覚えてないしっ」

「そうですね。20年も前の事ですからね」

「そうだよっ、それにもしそう思ってたとしてこんな事になるんだったら願わなかったよっ」

「ふむ。その問答に対しては私はお答えしないでおきますが。先程の問いは考えておいて下さいませ」

「先程の・・・?」

「日本へ帰りたいのか帰りたくないのか。で、ございます」

「そんなの帰りたいに決まってるだろっ」

「奴隷2人を置いてですか?」

「うっ・・・」

「いずれ、その答えを伺いに参ります。その時にはお答えをお聞かせ願います。では」

「待てっ」


呼び止めて肩を掴もうとした瞬間、辺りの風景が賑やかな市場へと変貌した。


「どうなって・・・」


突然現れて処理しきれない程の情報だけを与えて突然消えてしまった。


「おかえりなさいませ。ご主人様」

「あ、うん」


どうやって宿まで戻ったかは覚えていない。

でも、暗くなる前に戻れたようだ。


「リフレッシュ出来ましたか?」

「あー、うん」


何があったか2人には話せない。いや、分からない・・・話した方が良い気もするし・・・。


頭の中をずっと奴隷商との問答が堂々巡りを続けている。

日本には当然帰りたい。でも、2人への恩もある。


2人の意見も聞くべきか。もしかしたら2人も一緒に帰れるかもしれないし。



そんな事をずっと考えていた所為か夕食の味は一切しなかった。


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