19話 野菜
家具工房の親方からスイート・エモーションの場所を聞き、アリスと2人で向かう。
完全に陽も沈んでいるが家やお店の窓から漏れる灯りと月明かりで暗くて前が見えないという事はない。
「あの窓ってガラスだよね?」
「ホップルの翅を加工した物ですね~」
「ホップル?」
「大っきいバッタのモンスターですよ~」
「へー、そんな利用方法があるのか」
しばらく歩くとスイート・エモーションなる店が見えてきた。
「ここですね~」
中に入ろうと思ったが・・・閉店時間を過ぎており扉は施錠されていた。
「まぁ、こんな時間だしそりゃそうか」
「ですね~」
という訳で、スイート・エモーションは明日の楽しみに取っておこう。と、宿に戻った。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ。お長い散歩だったようで」
「え・・・」
「アリスもおつかいを頼んでいたはずですよね?」
「う、うん・・・」
この宿では夕食は7-9時に提供される。その時間を逃すと夕食にありつけなくなる。
なのでその時間には帰ってきたつもりではあった。
「い、今何時・・・?」
「10時を少し回ったところでしょうか」
宿を出たのが5時くらい。そうか、5時間も将棋してたのか・・・。
「すみませんがもう1度厨房をお借りしても?」
「構わんが?」
「ありがとうございます」
この宿の1階は食事スペースになっていてテーブルがいくつも並んでいる。
そのテーブル全てに大量の料理が乗っている。
「温め直すので収納をお願いします」
「う、うん」
テーブルに並べられた料理を厨房に運ぶのを手伝い。アリシアが手際良く温め直していく。
「お願いします」
「うん」
温め終わった物から順番にアイテムボックスに収納していく。
かなりレベルも上がり、時間停止まではいかないが経過速度軽減効果はかなり上がっているので食べ物が腐る事はほぼ無くなったし、温かい物を入れれば温かい物がいつでも食べられるし、冷たいものも同じくだ。
という訳で、取り出した瞬間に美味しく食べられる様にと熱々で美味しそうな料理をどんどんアイテムボックスに収納していく。
熱々で美味しそうな物をアイテムボックスに。
美味しそうな匂いに刺激されて俺の腹の虫は鳴き続けている。
そんな俺の腹には一切目もくれず美味しそうな料理達はアイテムボックスに直行していく。
空腹に耐えるのは慣れている。
でも、眼の前にご馳走があるにも関わらず食べる事が出来無い。
手にしたご馳走を口に運ぶだけで満たされるにも関わらず食べる事が許されない。
アリスに至っては掃除をしに行くと言ってこの地獄から逃げ出した。
「なんかさ?」
「はい」
「スイート・エモーションってお店があるらしくて」
「はい」
「お菓子とかのお店らしいんだけど」
「はい」
「明日3人で行ってみない?」
「畏まりました」
余りにもバレバレで打算的過ぎたか・・・。
「それでは遅くなりましたが夕食にしましょうか。アリスも呼んで参ります」
「あ、うん」
通じた!
3人で遅めの夕食を取る。
アリシアの作った料理ではなく、宿の夕食を温め直してテーブルに並べる。
「はぁ~・・・特別だぞ?」
「すいません・・・」
「代わりと言っちゃなんだが・・・」
「はい?」
「蜂蜜売ってくれねぇか?」
「蜂蜜ですか?」
「ダメです」
「らしいです」
「2-3本で良いんだ」
「申し訳ございません」
「どう足掻いてもダメっぽいです」
「そうか・・・」
件のスイート・エモーションが冒険者ギルドに依頼して常設依頼として蜂蜜の納品クエストがあり。それだけではなく、スイート・エモーションと契約している冒険者が居て、その冒険者の仕事の1つとして蜂蜜の回収もあるくらいだそうだ。
「そんなに出回ってないんですね」
「買い占められてっからな」
「だったら・・・」
「うん?」
「この野菜スープ売って貰えませんか?」
「蜂蜜と交換でか?」
「交換というか。代金はお支払いするので鍋ごと売って欲しいんですけどダメですか?」
「別に構わんがそんな大量にどうすんだ?」
「食べます」
「お前が?」
「はい。アイテムボックスに入れればしばらく保つんで」
「ほーん」
「なら蜂蜜1瓶につき、鍋1杯売ってやる」
「ありがとうございます」
「いくつ要るんだ?」
「そんな直ぐ移動する予定無いよね?」
「はい。しばらくは滞在する予定です」
「急ぎはしないんで都合の良いタイミング鍋1つ分お願いします」
勝手に交渉した所為かアリシアの機嫌がまた悪くなったような気がする。
「勝手にごめん」
「いえ」
何故、野菜スープを頼んだのか。美味しいというのはある。
それが大きな理由なのは勿論だけど・・・アリシアの料理も美味しい。でも、アリシアの料理は基本的に肉ばっかりなのだ・・・。
エルフに栄養素の概念が無いのは分かる。でも、俺にはタンパク質以外の栄養素も必要なんだ・・・。
野菜が染みる。染み渡る・・・。




