まだ誰も何も知らない
ビードとカイルはお互いに刀を構えて相対する。そして、まず、ビードが襲い掛かる。首めがけて振り下ろされる刀をカイルはひょいとよける。そして、ビードが振り下ろしきったところを、手首を狙ってカイルは刀を全力で振り下ろす。
パキン!
刀が折れる。折れた刀はカイルのものであった。ビードが振り下ろされたカイルの刀を横からタイミングよく自分の刀で切断したのである。
「あっけなかったな。爺さん」
ビードはいつも通り不敵な笑みを浮かべて剣先をカイルの喉元につきつけながら言う。
「強いな、口だけではないようだ」
カイルはとっさに袖の中に隠し持った拳銃でビードの顔面に向けて撃つ。ビードはその弾丸を剣ではじく。
ドタッ
「ち、不覚を取ったぜ、この俺ともあろうものが……」
ビードは倒れた。カイルの撃ったものとは別の弾丸がビードの腹に命中した。
「たぐいまれなる強さだったが、まだまだ若いね。もしもの為にボディーガードを雇っていて正解だったよ。おや、もう気を失ったか。さて、あとはもう一人を。おや、もういないのか。逃げ足の速いことで」
カイルはルージュのいた方向に目を向けたがルージュはすでにおらず、その足音も聞こえてこなかった。ずいぶんと遠くまですでにいってしまったようである。
「仕方がない。何が目的か、こいつから後で聞くとしよう。殺すのはその直後が得策だろう」
カイルはビードを抱えて再び元の建物の方に向っていく。
「はあ、はあ、まさか、仲間にして初手で負けるなんて……」
そういって走っているのはルージュ。焦っているというのもあるがどちらかといえばあきれているといった感情の方が強い感じのようである。
「まて」
ルージュの走る先に突然現れたのは一人の若い男だった。背丈は標準でやややせ型の色白い男である。
「追手?見逃してくれない?」
「僕は追手ではないし、君の敵でもない。君に話がある」
「油断させようといってもそうはいかないわよ」
ルージュは帯刀していた剣を抜刀して目の前の男にそのまま走っていって切りかかる。相手の男も素早く抜刀し、ルージュの剣を軽くいなしてルージュの喉元に剣先を突き付ける。
「君では僕には勝てない。それに言っただろう。君は僕の敵ではないと」
そういって男はルージュの喉元に突き付けた剣を自らのさやにおさめる。
「分かったわ。でもまだここは危険だわ。話はもう少し先に行ってから」
「いいでしょう」
それから二人は一緒に走っていった。
しばらくすると別の町までたどり着いていたようなのでそこでルージュは足を止めた。
「ここまでくれば……はあ、はあ、大丈夫でしょう……」
「まあ、そうみたいだね……」
二人とも息をかなり切らしている様子で言う。
「君、あんまり体力がないようだね」
色白の男はルージュに向って言う。
「それはあなたもでしょう?」
ルージュは微笑みながらそう言う。
「ははは……、まあ、そうだね……」
男は笑いながら返す。どちらかというと男の方が激しく息を切らしているようである。
「それで、話って何かしら?」
「君、警察の人間、カイル・ボージュをさらおうとしていたよね?あれはどういうつもりだったのかな?」
「……」
ルージュは黙った。
「ははは、まだ僕のこと信用できていないみたいだね。まあ、それも当然か。よし、じゃあ、僕は君が少なくともカイル・ボージュに敵対している人間であるだろうということから君を信用するよ」
「あなた、一体何が目的なの?」
「復讐」
さっきまで明るく笑顔で話していた男の雰囲気が急に変わった。
「僕の名前はナイ―ド・グリッツ」
「グリッツ?あなたもしかして」
「そう、僕は10年前の剣術道場の大量変死事件の被害者の血縁者だ」
それを聞いた時、ルージュは少し驚いたような表情をしていたが、すぐにいつも通りの微笑に戻り、言葉を発する。
「私の名前はルージュ。あなたを信用するわ。私もその事件の真相を追っているの」
「そうか、君もか。ちなみに良ければ理由を聞かせてもらえるかな」
「……、それは……」
ルージュは少しうつむいて言葉に詰まる。
「いや、いいんだ。カイル・ボージュに敵対している時点で動機の強さは十分だ」
ナイ―ドは笑顔で言う。
「しかしまずいわ。私はカイルに顔を見られた。早いところ手を打っておかないと面倒なことになりそうだわ」
「それもそうだね。ところで、君の仲間っぽい人が連れ去られていたよね。どうして真っ先に逃げていたんだい?まずは彼を助けないと」
ナイ―ドの言葉を聞いて少しルージュの表情が曇る。しかし、すぐにいつもの表情に戻して言う。
「いや……、彼は……、あえてつかまって警察の内部に潜入しようという作戦なの。だからいま私たちが助けに行ったりしたら台無しになってしまうわ」
「そうか、ではこれからどうするか考えないといけないようだね」
「そうね」
警察の建物内部
「いててて、くそ、俺としたことが勝ったと思って油断したぜ。ん?どこだここ?」
ビードはそういって周りを見回す。
「お前やらかしたな」
一人の男がビードに対して声をかけた。その男はビードと同い年くらいだが、体はビードと比べて細く、白衣を着ていた。
「ここは医務室だ。ここに運ばれる奴は次に拷問部屋に送られる。で、その後に生きて帰ってきた奴は、ゼロだな」
白衣の男は薄ら笑いながらビードに対して言う。それを聞いてビードは大笑いする。