異端児の登場
10年前に発生した二つの剣術道場で起きた謎の集団変死事件。現場の手掛かりは少なく、捜査は難航して、ついに本日で時効を迎えることとなりました。この事件の現場は凄惨極まりない様子で……
「ひどい事件だったですよね~。これだけ派手な事件なのに真相も犯人もわからずじまいとか不思議なもんですよね~」
店主は立ち止まって言う。
「おい、さっさとしな、腹減ってんだからよ」
そういう男の名はビード。
男はいらいらしている様子、というわけではなく上機嫌に店の店主に要求する。
「はいよ、ただいま」
店の人間は男に対して大量の料理を持ってくる。それは男一人で食べることができる量をはるかに超えている。とはいっても男は別にひどく太っているわけではない。ただ、その肉体はたくましく、肉体的にはそこらの大人が数人かかってきた程度では打ち負かされることはないといったほどの見事なものである。
「お客さん、ずいぶんと上機嫌でございやすね」
「おおー、そうよ。さっき、闘技場で優勝してきてな。で、20万あるんで、しばらくは金に困りそうにないんでね」
「へー、そいつはすげーや、何ならその賞金分全部頼んでくれてもいいんですぜ」
「はっ。まーそいつも悪くないだろうがな。しかし見てみろ」
店の中にぞろぞろと武器を携帯した男たちが入ってくる。
「その賞金、今すぐ全額返せば痛い目を合わずに済むぞ」
男たちはビードに拳銃を向けてそう言い放つ。
「きゃー」
店内にははじめそれなりに客はいたがほとんどが男達の登場と入れ替わるように店を慌てて立ち去って行った。
そんな中一人、若い女は一人、店の中のテーブル席に居座ったまま、ほおづえをつきながらビードと男たちの方を横目で眺めているようだった。
ビードは「あーあ」とため息をついて続ける。
「ほう、まっとうに優勝したってのにな。まあ、相手も弱すぎたんであっさり過ぎて、ここまでもらったのにちょっと罪悪感も感じちゃってたところだったけどな」
ビードは懐に手を入れて一番近くにいた拳銃を持った男に近寄る。
「賢明な判断だ」
相手の男は拳銃を突き付けるのをやめて金をもらうのを準備するかのように手を差し出す。
「店長。うまい料理を大量にふるまってもらうってのにすまねえな」
ビードは懐から小刀を素早く取り出し、目の前の男の差し出した手を切り落とす。
「ぐあ、腕が―!」
「死体の処理は頼むぜ!金は払うからよ、料理分は」
ビードはニヤッと笑い、腰につけた刀を抜刀して手当たり次第に男たちに襲い掛かる。
「おら―!」
男たちも銃で応戦するも、ビードは素早くよけたり剣で銃弾をはじいたりと全く当たらない。
あっという間に男たちをビードは死体の山に変えてしまう。
「店主悪いな。この死体の山はあとで片づけといてくれ。俺は飯の続きだ。飯も散らかっちまったことだし、また運んできてくれや」
「ひっ、はい」
店主はその死体の山と、そしてそれを一瞬にして築き上げた目の前の男にビビっているようで、男の要求に従うように、厨房に急いで戻っていく。
「ねえ、あなた」
ビードに声をかけてきたのは、先程の若い女。大勢の客が逃げていった中でただ一人店内にとどまっていた若い女である。その女はテーブルの下で騒動をしのいでいたらしく、そこから出てきてビードの対面に座る。
「なんだ、あんた。そのこぎれいな格好、この辺の人間ではないな」
ビードは不思議そうにその女をじろじろと眺める。
「私の名前はルージュ。あなたは?」
ルージュの声色はミステリアスな感じで常に微笑を浮かべているような表情であった。
「あー、俺はビードだ。で、何か用?」
ビードはテーブルに並べられた料理を食べ始めながら答える。
「あなた、強いのね。しばらく私に付き合ってみない?」
「あ?告白かい?」
ルージュは首を少しかしげてにっこりと微笑む。
ビードはルージュをじろじろとしばらく見た後、ニヤッと薄ら笑う。
「ふー、マスター、注文はさっき頼んだ奴まででいいわ。お代は」
「へい、ただいま」
店主は奥の方に行く。
「いいぜ」
ビードはそういったら、ルージュはまたわずかにほほ笑む。
そこで店主が店の奥から戻ってくる。
「会計は35万4680円ですね!ありがとうございます!」
「……」
ビードはニヤッと笑ったまま一瞬固まるがすぐに調子を取り戻して言葉を発する。
「いいぜ、ただし、ここの代金を払ってくれたら、付き合ってやるぜ」
「……」
店内は沈黙に包まれる。