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朋久の怪我は小さなものだった。でも舞は泣いた。
翔哉が警察を呼び、三人は病院へ移送された。病院へつき、舞はふらふらしていてまっすぐ歩けず、車椅子で運ばれていった。朋久はふた針縫ってもらって、待合室で所在なげな翔哉のもとへ戻った。
「お前、強すぎ」
苦笑いを返す。小学生の頃から背だけは高いので、中学生や高校生に間違われ、不良に喧嘩を売られることが多々、あったのだ。それで、喧嘩の仕方は覚えた。逃げ足も速いので、補導されたこともない。
それに、ああいう手合いは嫌いだ。朋久は三年前を思い出す。朋久の父親は、自分に似ずに背の高い朋久を毛嫌いしていた。母方の男は皆、背が高いから、その遺伝だろうに、自分の子どもかどうかを疑っていたのだ。だからなのか、些細なことで朋久を殴ったり、蹴ったり、激しく叱責したりした。三年前、とうとう包丁を振りまわした父親を、朋久は返り討ちにし、それ以降父親は朋久の人生から消えた。
「ありがとう、翔哉」
「俺、なにもしてねえよ」
「警察呼んでくれたし、舞の家も教えてくれた」
「だから、なにもしてねえじゃん」
翔哉は子どもっぽく相好を崩した。ラジオはもう鳴っていない。時間どおりだ。
「あれ、朋久?」
「和佐」
弟と妹の手をひいた和佐がやってきた。「また喧嘩か?」
「そんなものかな」
「山城と一緒かあ。俺もまぜろよ」
「ちげーよ」
翔哉は頭を振る。
「和佐は?」
「惠美の定期検診。明後日まで入院だって」
惠美というのは、和佐の二番目の妹だ。生まれつきの糖尿病で、たまに入院する。
診察室から、舞をのせた車椅子が、看護師におされて出てきた。医師がそれに続く。和佐の弟と妹が、ぱっと走っていった。「おとーさん」
「パパー!」
和佐がすぐに追いついて、ふたりを抱え上げた。医師が少しはなれたところに立っている。和佐はにこっとした。「父さん、久し振り」
「和佐。なにかあ……ああ、惠美の検診か」
「うん。明後日まで入院だって」
「そうか。早苗、貢、和佐の云うことをちゃんときくんだぞ」
「細山って……院長先生の?」
「翔哉、しってるの?」
「……こよみの主治医」
「ああ……」
翔哉は眉をひそめている。
かちっと、ラジオが音をたてた。しかし、なにも聴こえはしない。
翔哉は長く、息を吐いた。
事情聴取があって、朋久は解放された。翔哉のケータイにメッセージを送ってみたが、返事はない。
和佐と並んでチーズハンバーグをつくる。「藤咲さん、酷いみたいだな」
「うん」
「父親、捕まったって。母親も」
「うん……」
朋久はハンバーグのなかへチーズの塊をおしこみ、俵形にまるめる。和佐のおとうと達は、TVアニメを見ている。
「僕、余計なことしたのかな」
「なにが?」
和佐は怒ったみたいな声を出した。「お前は、大人から殴られた女の子を助けた。それだけだ。違うか?」
「それは……」
「俺でもお前と同じことをしたよ。お前が傷付けられても俺はそうする。お前だって、俺が傷付いたら、やってくれるだろ」
ハンバーグをフライパンへ滑り込ませる。
和佐は優しい口調になって、云った。
「お前のハンバーグうまいから、藤咲さんにも食べさせてやれ」
「……うん」
「肉じゃがもうまいよな。お前、いい嫁さんになるよ」
「やめてよ」
「藤咲さんがだめだったら俺が居るからな」
軽く蹴ってやると、蹴り返された。ふたりは笑う。「花火、残ってるからやろうぜ」
「もう十月だよ」
「いいんだよ、何月でも」
「……うん。そうだね」
「でかいやつ、残ってたかな」
「ひとつあるとおもう」
「そっか。そうだ、今度、庭の草むしりしねえと」
「手伝うよ……」