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 舞が学校を休んだ。

 朋久は落ち着かなかった。担任は、風邪だと云っていたが、昨日の舞にそういう様子はなかった。急激に体調を崩したんだろうか。

 放課後、朋久は迷って、迷って、結局階段をのぼっていた。屋上へ向かっているのだ。そこには翔哉が居る筈だから。

 朋久が屋上への階段をのぼっていると、音が聴こえてきた。朋久は最後の数段を駈けあがる。

 翔哉は手を停めて、振り返る。その足許には楽譜と、それをおさえるみたいにラジオが置いてある。ラジオからは頼りない、けれど静謐で美しい響きがあふれている。

「山城くん」

「……なんだよ」

「まい……藤咲さんの家、教えてくれないかな」

 ラジオから流れる音が唐突に崩れた。


 翔哉はラジオを停めなかった。

 ヴァイオリンからなにかを取り外し、弓を拭いてゆるめ、楽譜と一緒にケースへしまう。かちっと大きな音をさせて蓋を閉める。

「行くぞ」

「え?」

「舞が心配なんだろ」

 翔哉は肩にケースを担ぎ、ラジオのストラップに左手を通した。

 翔哉は朋久の腕を掴む。「行くのか、行かないのか、はっきりしろよ」

「行く」

 反射的に答える。翔哉は肩をすくめた。「よろしい」


 翔哉は足が速いが、朋久も負けていない。ストライドの差がある。

 ふたりは校舎から出ると、商店街へ向けて走った。翔哉はヴァイオリンケースを持ったままだし、ラジオもつけっぱなしだ。ラジオから聴こえてくるヴァイオリンの音色は、電波の問題か、崩れ、歪み、耳障りだった。

 交差点で信号に阻まれる。翔哉は息を切らしていたが、朋久は平気だ。

「あいつの家族、強烈だぞ」

「え?」

「まあ、いいか。お前そういうの、平気そうだもんな」

 小首を傾げた。信号が青になり、ふたりはまた、走る。翔哉が遅れはじめた。

「翔哉、舞の家はどこ?」

「やまと寿司って、寿司屋の隣の、奥」

「ありがとう」

 朋久はそう云って、速度を上げた。翔哉の笑い声がせなかにぶつかる。


 商店街ではあまり買いものをしない。家から遠いし、背の高い子どもがひとりで大荷物を抱えていると、奇異の目で見られるからだ。朋久が暮らしている住宅街では、そういうことはない。無関心もいいことがある。

 朋久は軽いあしどりで寿司屋の前まで来ると、ちょっとだけ息を整えた。走ったのはなんでもないが、なんとなくいやな感じがする。

 寿司屋の隣は、細い路地になっていた。朋久はそこへ這入る。

 歩いていくと、寿司屋の裏手に古ぼけたアパートがあるのに気付いた。二階建てで、外階段がさびでぼろぼろだ。原付や自転車が乱雑に停められ、植木鉢の残骸のようなものが幾つも転がっている。

 二階の廊下の手摺にもたれかかる舞が、朋久に気付いた。彼女は目のまわりにあざをつくっていた。

 くっきりと。




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