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 手洗い場の縁に腰掛けた。舞は怪我について語らず、朋久もそれ以上訊かない。

「綺麗だよね、この音」

「そうだね」

 朋久は目を細くする。舞がそれを見た。

「朋くん、いいひとだね」

「うん?」

「あたしのことなんて、気にしなくていいのに」

「それは、僕の勝手でしょ?」

 舞は苦笑し、朋久は笑う。


 音がやみ、しばらくするとあしおとがしてきて、いつかのようにヴァイオリンケースを担いだ翔哉があらわれた。ポケットがふくらんで、携帯ラジオがひょこっと顔を出していた。ストラップがふらふら揺れる。

 翔哉はふたりを睨みつける。舞は軽く睨み返し、朋久は微笑んだ。「山城くん、こんにちは」

「……こんにちは」

 翔哉はそう云って、一階へ降りていく。舞が意を決したように、それを追った。朋久も続く。

「翔哉」

 舞の声に、階段の踊り場で、翔哉は振り返る。朋久はちょっと驚いて、舞を見ていた。今、翔哉って……。

 翔哉は不機嫌そうだ。

「……なに」

「あたし、覚えてるから。あのヴァイオリンの音」

「は?」

「でも、あの……」

 舞はもどかしそうに、両手をかすかに振り、それから云った。「多分、翔哉じゃないほうのひと。あのひとって、誰? 凄く聴き覚えがあって、凄く好きなんだけど、はっきり思い出せなくて」

 翔哉は頭を振った。「忘れてていいよ、舞」




「翔哉と、こよみと、あたし。幼馴染みなんだ。朋くんと細山くんみたいな……」

 朋久は頷く。もう、日はだいぶ短くなり、ふたりは夕暮れのなかを歩いていた。

 舞は呻くような声を出し、云う。

「昔から、ヴァイオリンやってるの、あの子。こよみもやってた」

「うん」

「こよみは、体に負担だし、発表会で発作を起こしちゃって。コンサートホールって、意外と埃っぽいらしいの。それで辞めて……翔哉もしばらく辞めてたのに、またはじめたのかな」

「山城くん、ラジオ、持ってたね」

 舞がこちらを向く。朋久は小首を傾げた。

「ラジオの音じゃない? 舞が気にしてたの」

「ああ……そうかも」

 そうだね、と舞は頷く。

 舞とはまた、商店街の入り口で別れた。彼女は自分の住まいに朋久を近付けたくないようだった。その理由はわからない。

 翔哉がヴァイオリンをまたはじめたことに、舞は喜んでいるらしかった。朋久は嬉しそうな舞を見て、自分も嬉しくなった。その嬉しさには、ほんのちょっぴり不純物があったけれど、見ないふりをした。




「七不思議、聴いた? 朋久」

「なに、和佐」

「放課後の少女霊。哀しげに歌う美少女の霊が出るんだってさ」

 舞は相変わらず、ヴァイオリンとのセッションを続けている。おそらくそれだろうと朋久は考え、思わず吹き出した。和佐はきょとんとする。

「なんだよ?」

「なんでも」

「なんでもない顔じゃない」

「そう?」

「知ってることあるなら、教えろよ」

「そういうこと云うと、来週はハンバーグなしにするよ」

「ってことは、なにか知ってるんだな」

 和佐は腕を組む。朋久は苦笑いした。和佐にはなにも隠せない。

 舞の名前は出さず、クラスの女子が放課後歌っているのだ、と云った。和佐は納得したようで、それ以上の追求はない。「ハンバーグなしだよ」

「チーズハンバーグがいい」

「なしだってば」

「チーズハンバーグな。決定」

 笑ってしまった。和佐のこの明るさは、僕にはないな、と朋久は思う。




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