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カレー、シチュー、肉じゃが。炒飯、ピラフ、ハンバーグ、唐揚げ。
和佐の家でそういうものをつくって、冷凍庫へいれてしまうと、一週間が終わったのだと思う。このところ、和佐の家に行くのは大体、金曜日だ。夏休みには、庭に出て和佐達と花火をやった。和佐の父親は医師をしていて、家は朋久の家と比べられないくらいひろく、庭もひろい。自分の家の庭を「庭」と呼称するのがはずかしくなるくらい差がある。ただ、あまり手入れはしていなくて、観賞用の植物はほとんどない。子ども達が走りまわって遊ぶ為に庭だ。
部活があれば土曜でも学校に行ったのだろうが、そんなことはない。
朋久はけれど、土曜日でも演奏が聴けるのじゃないだろうか、と、唐揚げのあまりを持って真向かいの自宅に戻りながら思った。これは、お母さんの分。
土曜日の学校は静かだった。生徒がほとんど居ないからだ。
ただ、図書室は開放されているとかで、生徒は自由に這入ってよかった。分散登校が何度もあったし、授業が遅れがちなので、塾に通う余裕のない生徒への配慮らしい。
いつもの窓から、向かいにある図書室の机で勉強している様子の生徒達を見て、朋久はふとこよみのことを考える。休みがちで、勉強はわかるんだろうか。
ふわっと、音が降りてくる。時間もいつもと同じだ。一週間分の買い出しを終え、一旦家へ戻ってから学校へ来た朋久は、少し汗ばんでいた。
演奏がはじまった瞬間は、初めてだった。それで、朋久は窓に手をついて、首を伸ばし、屋上を伺う。
今のはなんだか、変だった。
これまで一週間と少し、演奏を聴いてきた。長い曲を演奏することはなく、演奏が終わると一旦間を置いて、再びはじまる。音が十秒以上途切れることはないが、かといって途切れないこともなかった。
だから今、曲が途中からはじまったのに、朋久は気付いた。
「朋くん」
舞の声だ。朋久は微笑みを湛えて振り返り、凍り付いた。
舞は鼻血を垂らしていた。
「こんなのばっかり」
「気にしないで」
手洗い場で顔を洗った舞に、ハンカチをさしだした。舞は自嘲気味に笑う。「かりてばっかりだ」
「いいんだってば」
少し、強い口調になってしまった。朋久は後悔する。舞が怯えたから。
「ごめん」
「……ハンカチ、ありがとう」
「その怪我、どうしたの」
彼女は目を逸らした。
舞の鼻は赤くなり、上唇が切れている。朋久はいらついていた。
「誰かに」
「転んだだけ」
「舞は運動神経いいだろ」
体育の成績は女子でトップクラスだ。その彼女が転んで手をすりむくならともかく、顔を怪我するなんて考えられない。
「舞」
「大丈夫だから」
「なんだ、君もごまかすのか」
舞がはっと、こちらを向く。朋久はその、傷付いたような表情に、また悔やむ。
舞は俯く。
「朋くんは、関係ないよ」
「あるよ。舞はクラスメイトだし、同じ学級委員だし」
深呼吸した。「僕の友達だよ」
舞は項垂れ、肩を震わせている。