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「朋くん、しあわせそうな顔してた」
「うん?」
「こよみ達の演奏聴いて」
朋久は舞の車椅子をおしていた。
ふたりは病院へ向かっている。屋上から、舞と車椅子をおろすのは、たいした手間ではなかった。舞も車椅子も、たいした重量ではない。
和佐はおとうとの幼稚園へ迎えに行ったし、こよみと翔哉と透は、こよみの家の車で帰っていった。ふたりでゆっくり話したいと朋久が云うと、こよみと和佐が満足そうに頷いた。
朋久は微笑む。
「あのふたりの演奏は、素敵だね」
「うん。また、ヴァイオリンやるって、こよみ」舞は嬉しそうだ。「やりたいことをあんまり制限されてると、ストレスになって、喘息によくないんだって。お医者さんが、お父さん達を説得してくれたみたい」
「そっか……御厨さん、もっと元気になるといいね」
「うん。そうしたらこよみは、きっと凄いヴァイオリニストになると思うんだ」
「僕もそう思う。翔哉も、ね」
舞はくすくす笑う。
ふたりはそれ以降、黙って歩いた。
舞の父親があらためて逮捕されたこと、舞が酷い暴力をうけていたこと、舞の弟もそうだったことを、朋久は知っているが、そのことは云わない。
舞の父親は、こよみの父親と同じ会社に勤めていたそうだ。しかし、会社を辞めて独立し、失敗した。それからは舞の母親の稼ぎで暮らしている。父親は外面は立派で、こよみの親や翔哉の親は舞の厳しい環境に気付いていなかった。
舞の両親はどうなるのだろう、と朋久は少し、不安に思った。あの父親が舞のもとへ戻ってきたら、どうしようか、と。その時、誰が彼女をまもってやるんだ? なにもできずに見て見ぬふりをしていた母親? 彼女より小さい弟?
「じゃあ」
「ありがとう」
「ううん。なにか、必要なもの、ある?」
「……ラジオ」
「ラジオ?」
「朋くんの声が聴こえるかもしれないから」
朋久は、赤面した舞の頭を軽く撫で、わかった、と云う。舞を看護師にひきわたして、病院を後にした。和佐に相談しよう。余計なものを視野から消すのに、彼は協力してくれる。まだまだ場所もたっぷりあるし。