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 翌週になっても、舞は入院していた。かわりみたいにこよみが退院して、厳重にマスクをした状態でだが、登校してきた。

 こよみは、入院前と違い、よく翔哉と居るようになった。峯田もまざって、三人で楽しそうにすごしていることが多い。舞が戻ったら、そこに彼女も加わるのだろう。

「佐橋くん」

「うん。なに? 御厨さん」

 放課後、日誌を書いていると、こよみがやってきた。帰ったと思ったのだが、違ったらしい。

 その後ろには翔哉も居て、ふたりともヴァイオリンのケースを持っていた。


 屋上は空気が甘く、すがすがしい。マスクは必要なかった。日誌を職員室へ届けた朋久は、マスクを外して屋上へ出る。

 そこには舞が居た。左目に眼帯をつけて、車椅子に座って。

「朋くん」

「舞」

 舞は、傍に居る和佐と峯田にすがって立つと、とことこと、朋久の傍までやってくる。それから、困った顔になった。朋久が両腕を軽くひろげると、彼女は安心した様子で朋久の胸に飛び込んでくる。

 和佐が小さく口笛を吹いた。「和佐くん」

「ごめん」

 こよみが和佐くんと云ったので、朋久は目をしばたたいた。和佐はばつが悪そうだ。「いやあ。母さんと同じ棟で、何回か御厨さんも見舞ったんだ」

「なんだよ。僕にも教えろよ」

「お前だって藤咲さんのこと隠してたじゃないか」

 それを云われると返す言葉はない。朋久は黙る。


 こよみと翔哉がヴァイオリンケースを開いた。準備している間、峯田が譜面台を組み立て、楽譜をセットする。

 朋久は舞を抱え、車椅子へ戻した。彼女は網膜剥離に、脳震盪を起こしていて、外出許可はおりたが運動やなにかはまだだめだそうだ。ここまで、峯田と和佐が運び上げたらしい。

「透くんは、お父さんがヴァイオリン教室をやってて、翔哉が通ってたんだ。それで、仲が好いの」

 朋久は舞の言葉で、峯田の下の名前が透だと思い出した。

 峯田透が譜面台から離れ、翔哉とこよみがそこへ立つ。ふたりは丁寧なお辞儀をした後、ヴァイオリンを顎の下にはさんだ。


 演奏がはじまる。初めて、あの演奏を聴いた時と、同じ曲だ。細かい音が続いて、鳥のさえずりを絶え間なく聴いているみたいに思う。数羽の小鳥が楽しそうにはねまわり、虫をついばみ、合間々々に鳴く。そういう印象の曲だ。

 舞は目を閉じてそれを聴いている。透は目を細め、和佐はわくわくした顔で、演奏を楽しんでいた。

 僕はどんな顔をしてるだろう?




「わたしね、夢を見るんだ」

 ヴァイオリンを丁寧に手入れしてケースへ戻しながら、こよみは目を伏せる。「入院してると、いつもそう。三時くらいから気分が悪くなってきて、うとうとするの。完全に眠れてはいないんだけど。そういう時、わたしは夢のなかで、ヴァイオリンを弾いてる」

 弓を拭き、ゆるめる。切れていないかたしかめる。

「とても楽しくて、目が覚めなくてもいいなって思う。立っていても苦しくなくて、腕を動かしても変な音がしなくて、空気は甘くておいしいから」

 ケースの蓋が閉まった。「……でもしばらくすると、誰かが同じ曲を弾いてくれる。一緒に弾いてると、もっと気分がよくなってくる。でもね、誰が弾いてくれてるか、わからなくて、目が覚めたらわかるような気がして、元気になりたいな、はやく退院したいなって思う。今度はそれに、素敵な歌声までついたんだ」

 舞が息をのんだ。

 こよみは譜面台を解体し、袋へしまう。そうしてから、翔哉を見た。

「翔哉だったんだね。わたしと、一緒にひいてくれたのは」

 翔哉はかすかに、苦笑いらしいものをうかべた。「あのラジオ、電池をいれてないのに、こよみが入院する度になるんだ。こよみの演奏そっくりに」


 こよみは頷いて、朋久を見る。

「舞を助けてくれて、ありがとう、佐橋くん」

「いや、僕はなにも」

「ううん。あの時、佐橋くんの声も、舞の悲鳴も、聴こえた。翔哉の心配そうな声も」

 透が翔哉の肩を軽く叩いた。翔哉は苦笑している。

「佐橋くんが、正しかったよ」

「え?」

「わたし達、舞が大変なのに、なにもしなかった。警察に云うっていう簡単な筈のことができなかった」

「あたしがいやがったからでしょ」舞の声は湿っている。「あたしが、大丈夫だって云ったから」

 こよみは頭を振る。翔哉も、透もだ。

「佐橋くん、ありがとう。これからは、わたし達もできるだけのことはします」

「あ……うん。わかった」

「だから舞のこと、宜しくね」

「こよみ」

 舞が焦ったような声を出す。朋久は頷いて、和佐に頭を叩かれた。




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