無計画山超えドライブ
年末から始めたドラクエ11s、本当に素晴らしいゲームでした。しかし年明けの五日にもなると裏要素も大体やり終わり、惰性でちからのたねを集める作業をこなすばかりです。それはそれで楽しいんですが、流石に「連日引きこもって種集めばかりでは不健康かなあ」という気もしてきます。
というわけで久々に「無計画山超えドライブ」でもやろうかなと思い至ったわけです。
ちなみに「無計画山超えドライブ」というのは、その名の通り目的地を決めずに適当に麓をうろうろドライブし、良さそうな山道を見つけたら突っ込んでまだ見ぬ山の向こうを目指してしまおうという、まあちょっとした冒険行為として私が年に二回ほど嗜んでいる遊びです。
私が住んでいるのは福岡県の筑後らへん。西に背振山地、東に三郡山地、南に耳納山地と四方八方を山に囲まれた筑後平野ですので、超える山には事欠きません。
今日は東方向、朝倉方面に行ってみようと思い至り、10時ごろに出発しました。
コンビニで呑気にコーヒーを買ったりしつつ黒の軽自動車を転がしていると、綺麗にむき出しになっている山肌が気になりました。
地層がはっきり見える程の美しいむき出しっぷりですから、何かの採掘所なんでしょう。
このむき出しの山肌、空気が澄んでいると家からでも地層の切り替わりがくっきりと見通せて、古代のロマンを感じさせられるとともに、さながら豚の角煮みたいになっている様相もなんとも美味しそうで、「もっと近くで観察してみたいなあ」と密かに夢見ていましたので、その夢を叶えつつ、あろうことかその向こう側まで覗いてしまおうという事でとりあえずの目的地に設定しました。
そうやって見知らぬ朝倉市のどこかを走っていると、道沿いの店が段々と減ってきます。そして稲を刈り取られた田んぼが、温かな黄色の絨毯みたいに見渡す限り広がっているではないですが。綺麗だなあとか思いながらのんびり進んで行くと、どでかい円柱をいくつも湛えた穀物倉庫、いわゆるカントリーエレベーターの威容が目に入ります。
こういった穀物倉庫、耕作地周辺には大抵あるんですがなんか好きなんですよね。
高さ30メートル程度でも平坦な田んぼの中にあったら物凄い存在感です。
どでかい駅前ビルくらいの存在感があるといえっても過言ではありません。
例えるならあのモンサンミッシェルみたいな。平野の中に城がある感じでどこかファンタジックなんですよねぇ。
おまけにあっちの方には鉄塔まであるじゃあないですか。
鉄塔も信じられないほど大きくて、それなのに遠くにいったらミニチュアみたいに小さくて、景色に緊張感と立体感を醸し出してくれていて好きなんですよねえ。
特に山の向こうまで続いてたりしたら「うおおっ!」ってなっちゃいますね。
だって、「山の中に鉄塔建てたり管理したりするのめっちゃ大変そうだなあ」……とか、「鳥居みたいでちょっと神秘的だなあ」とか、「山の向こうはどうなってるんだろう」とかもう色んな感情が湧き上がってきて大変です。
とか何とか景色を堪能していると、目指していたむき出しの山肌を見失ってしまいました。
まあ、仕方ないです。
こういうことは良くあります。
予定を変更して、右手の山道への侵入を試みます。
それにしても……今どこなんでしょうか。ここまで来たら全く知らない場所です。
というか、私が向かっている山の向こうはどうなっているんでしょうか。
そもそも山の向こうなんて本当に存在するんでしょうか。
分からない事ばかりです。
分からないままに惰性で車は走り続け、私は山道を求めてハンドルを切ります。
そりゃ、私だって怖いですよ。
本当は世界は筑後平野だけで、山の向こうは実は魔界に繋がっていて、二度と戻れなくなってしまう可能性だってゼロではないんですから。
……それでも、どうしても山の先がどうなっているか、私は見てみたいのです。
みたいな感じでテンションアゲアゲで山道を進んで行くと、谷向こうに、あるじゃないですか。
石組みの棚田が。天に向かう階段のように急勾配に連なっているじゃあないですか。
都合よく観光用駐車場があったので、停めて景色をじっくり楽しみました。
1月な事もあって稲穂は刈り取られてしまった状態ですが、この非フォトジェニック感が地に足ついたリアルな旅の景色って感じがして逆にいいじゃあないですか。
もう爆アゲですよお。
はい。私、棚田が大の好物でしてね。
まず何百年も前に人が機械も使わず気の遠くなるような作業をして一つ一つ石を組んでこんな巨大な建造物を作ったのがすごいし、そんな歴史的建造物が今でも活用されてるのがすごいし、耕運機とか入れるの大変そうなのに維持できてるのがすごいし、なんかファンタジックですごいし、自然と人工物のバランスが丁度良くてすごいし……
まあ語彙力崩壊するくらいにはすごいです。
ちなみに、何でわざわざ手間をかけてまで先人達が棚田を作ったかと言うと……
近世になって水車等を活用した灌漑が導入されるまで、排水が中々できない平野は稲作には向かず、高低差で自然に排水できる山間部とかの方が稲作に向いていたので、棚田が作られたりした……という事らしいです。他にも土地が無いけどどうしても新田開発したい時に棚田を作ったケースもあったようです。(ウィキペ情報)
とにかく何百年も昔に作られた田んぼが、太古より受け継がれて今も使われているという事です。
やばいですね。テンション上がって来ました。
テンション上げながらもドライブを再開していると、なんちゃら滝公園を発見。
せっかくなので寄ってみる事に。
うーん。駐車場もトイレも綺麗で、いい感じじゃあないですか。
人気は無いけど滝も期待できるかもなあ、と喜び勇んで道なりに休憩所に向かうと……
……そこには廃墟がありました。
建物自体がそこまで古いという訳ではありませんが、完全に閉鎖されています。その上屋根には落ち葉が積もって土になり、か細いながらも木が生えてしまっています。
愕然とさせられました。
場違いに綺麗なトイレで油断していた私の精神は、急激に安定感を失ってしまいました。
急に孤独になって、人寂しくなって来ました。
しかし、人影は全く見当たりません。
茫然自失のまま滝を眺めて、車に戻る時……
やっと地元の方らしきお婆様とすれ違いました。
お婆様は滝の方に手を合わせて、拝むような仕草をされていました。
その敬虔で奥ゆかしい所作は、孤独に震えていた私の心にはっきりと刻み込まれたのでした。
多分、一生忘れる事は無いでしょう。
ぼーっと感慨に耽りながらも車に戻って、私はドライブを再開しました。
テンションも多少落ち着き、神妙な心持ちでハンドルを握ります。
敬虔なお婆様に影響されたのか、気分は山道を行くお遍路さんです。
そんな厳かなテンションのままに耳納トンネルという長いトンネルを超えて、「なんか思ってたのと違うけど、とにかくこれで山を越えたぞ」と思っていたのですが……
あろうことかトンネルの向こうにはまた山が連なっています。
山を越えたらまた山があるというのは普通に考えたら十分あり得る事ですが……ここまでガチの山道が平然と続く事は想定外だったのでさすがに怖くなって来ました。
更に道沿いの建物が高確率で廃墟化していたりするので「マジで家に帰れんのかこれ?」とか「もしかしてこの世界滅びちゃってない?」といった疑義すら沸々と湧き上がってきて、妙な緊張感にハンドルを持つ手にも汗が滲んできます。
一般的な山道と比較したら車線は広く、整備も行き届いていてうねりも少ないのだけが救いでした。
そのまま走っていると棚田と瓦屋根の家々が佇む、のどかな山奥の村へ到達しました。必然的に、またテンションが上がって来ます。
だって山奥の村、好きなんです。
山奥は見る物全てに立体感があり、平地ばかりで暮らして来た私には新鮮な魅力があります。
暮らすのは大変そうですが、散歩したら楽しそうです。何せ目に映る景色の全てが絶景なんですから。
そして……そうやって山奥に暮らしていると、やがて私は実感を持って思い知る事になるんでしょう。
日本の国土は7割が山であるという事実を。
日本人は3割の平地にこぞって暮らしているせいで、その三割の平地こそが日本だと勘違いしてしまいそうですが、残り7割の山間部も、山間部に暮らす方々も、確かに存在しているのです。
遠距離移動した時なんかもつくづく思い知らされますがね。
やはり日本の7割は、山なのです。
感慨に耽りながらも車を走らせていると、標識を見つけました。
どうやらここ近辺は「星野村」という所らしいです。
星がきれいそうな名前の村ですね。(後で調べたら実際に星がきれいらしいです)
棚田に交じって時折茶畑があるのが風靡です。どうやらお茶が特産品のようです。
そして私は渓流沿いの谷道を真っ直ぐに進んでいきます。尻目には古びた瓦屋根が流れて行きます。
中々にいい感じです。
ふと、カーラジオがずっと前からノイズを発している事に気付きました。チューニングしてみると、都会的で浮遊感のあるテクノポップが流れ出すじゃあないですか。
これは……恐ろしく合わないですね。
山奥の村に合う曲といったら、民謡とか演歌とか、吉幾三とか、そんなのでしょ?
なんでテクノポップ?
でも考えて見たら、このアンバランスが逆にいいという気もしてきます。
正反対の二つの要素がぶつかり合う事で、互いに引き立て合っているような気がしてきます。
ハイセンスなPVを全身で体感しているような気すらしてきます。
気付いたら私のテンションは、またまたフィーバータイムを迎えているのでした。
しかし、私のテンションはすぐに頭打ちとなりました。お腹がすいてきたのです。
もう13時なんですからそりゃお腹もすきます。
といっても、それなりの山奥なこともあって中々飲食店の類は見つかりません。
バーもありません。
良さそうなカフェの看板を見つけても予約制ですし、道沿いの店も大半が営業していません。
ディスコもコンビニもありません。
腹の虫がまた焦燥に似た孤独感を呼び覚まそうとしてきます。
疲れた……もう帰りたい、とか思っていた矢先でした。山道を抜けた先にいい感じのそば屋さんを見つけたのは。
それなりに車が停まっているので安心感があります。大丈夫でしょう。
込み合っていて少し待たされましたが、無事入店。
古民家風の店内が中々いい味を出しています。
これは持論ですが、店の雰囲気で飲食店の味の良し悪しは大体分かります。
そういった観点から見るとこの店はグッド。値段はちょっとお高いですが、その分期待できそうです。
注文は天ぷらとかけそばセット。
一口食べてみて……「ん?」
思ったよりおいしくない。
というか、何だこの味は? 不思議な味だ。
……いや待てよ。
私は食通でもなんでもなく、基本的に馬鹿舌です。
なので本当に美味しい物を食べた時、味を理解できない事がままあるのです。
しかし、大丈夫です。
こういう時はまず、「おいしくない」という固定観念を捨てる事が大切です。
「おいしくない」のではなく、「私が理解できていない」だけ。
目の前のごちそうに対して謙虚になる事が肝要です。
そしてしっかり咀嚼して舌を慣らしていけば……
んっ……!
うまいっ!!
三口目でそば本来の素朴な香りをしっかり鼻腔が嗅ぎ含め、手打ちソバのモチモチ食感も愉快になってきます。
それからは簡単な事でした。
五感すべてがそばの味わいへの理解を深めていき、食べる程に美味しくなっていくのです。
やや硬めに上げられた天ぷらでも、同様の現象が起こりました。
インスタント食品なんかは最初の一口が一番おいしかったりしますが、それと真逆ですね。
サービスで頂いたそばがきおしるこも香り高く大変に美味でした。
やはり私の選択は間違っていませんでした。
いい店だったなあ。
幸福感と満腹感のままにドライブを再開すると、やがて山が開けました。
また黄色絨毯の平地がどこまでも広がっています。
とりあえず山を抜けられたようです。
しかしここはどこなんでしょう?
……看板を見ると八女市のようです。
八女市と言えばお茶ですね。
茶畑でものんびり観光するという手もありますが……
しかし、もう私は疲れ切っていました。
何時間も運転するのは正直苦手なのです。
山を越えるという目的は果たしたので、いい加減帰りましょう。
しかし、この辺りの地理には疎いです。家はどっち方面なんでしょうか?
……こういう時に役立つのがスマートフォンです。
「ヘイシリ! 家に帰りたい!」
ジューススタンドに立てかけたスマホに呟くと、自宅への道のりが間もなく表示されました。
やはり無計画山超えにスマホは欠かせません。
スマホを持っていなかった頃は、コンビニで現地の地図を買って必死に帰り道を探すといった危なげな事もやっていましたが、私ももうそこまで若くはありません。
文明の利器には頼ってなんぼというもんでしょう。
途中何かの間違いで逆方向に進んでしまったりとアクシデントにも見舞われましたが、筑後川をさかのぼって行く形でなんとか帰路につきました。
ちなみに引き返すときはなるべく別の道を通るのが私のポリシーです。
同じ道を引き返したらどうしても徒労感が出てしまうので。
そして、筑後川を離れ、ナビに忠実にひたすら平坦な道を走り続けていると……
「あっ……!」
思わず声に出ていました。
私は見たのです。
何かに怯えるような表情を浮かべた一匹のシロアリ、懐かしいシロくんの姿を!
要するに、見覚えがあるシロアリ駆除会社の看板に私はばったりと遭遇したのです。
気付けばあの店も、あの景色も、目に入るすべての光景に見覚えがあるじゃないですか。
帰って来たのです。私は。
ドライブをしていて、こういう知らない道から知ってる道に突然切り替わる感じ、とても好きなんですよね。
旅って言うのは見る物全てが新しくて楽しいものですが、やっぱり疲れますからね。
そんな五里霧中の状態から知っている道に戻ってきたら、見る物全てが懐かしくて愛おしくて、心が安らぐんですよ。
そしてそんな安らぎの光景が旅の景色とシームレスにつながっているんですから、そりゃあ感激もするというものです。
で、そのまま三号線へと合流。
国道三号線は、いいですよね。
はい。いいんですよ。
一桁なので覚えやすいですし。
北九州から鹿児島まで、九州を縦断している幹線道路ですから、遠出して迷った時も「とりあえず三号線通ってれば何とかなる」という安心感がありますよね。
たまに二車線になったりもしますが、それでも三号線の安心感は変わりありません。
三号線には何度も助けられてきました。
そして、そんな頼れる三号線に合流。
途端に凄まじい安心感が全身を包み込みます。
どれくらいの安心感かというと、自室のベッドでカービィちゃんのぬいぐるみを抱きしめてうとうとしている時に匹敵するほどの凄まじい安心感です。
気付けば時刻は16時を過ぎていました。
8時間近く旅したことになります。
心地いい疲れが思い出したように去来してきます。
いやー、まあ疲れたけど、素晴らしい旅でした。いい思い出がたくさんできたので良かったです。
次回は角煮みたいなむき出しの山肌に行ってみたいですね。




