第八話 レッスン・トゥギャザー
美少女姉妹と出会ってから翌日の話。
その後、あの2人との新たな展開は残念ながらなかった。
べ、別に期待とかしていないからね……! そのために助けた訳じゃないから勘違いしないでよ……!
……テラリスのツンデレが移ったかな?
燃やされたくないからテラリスには言わないでね?
さて、そんな冗談は置いといて、今回は平和な日本で病弱だった僕が、なぜ荒くれ者たちを懲らしめることができたのか、力をつけることとなった訓練内容を話そうと思う。
前世では叶いもしない非日常をただ夢想していただけだった僕は、目標に向かって努力なんてしてこなかった。
もちろん病気だったから難しいというのもあったけど、だからといって何もしない理由にはならない。
だけど、今は違う。
育ち盛りの健全な身体と求めていた夢が目の前にある。
飛空船に乗るためなら、厳しい訓練だって耐えられる。
自分が力を手に入れて成長したのが、こんなにも気持ちの良いことだと実感できたんだ。
人を殴っておいて、こう言うのも不謹慎だけどさ……。
ん? 犯罪者を倒したから気にする必要はない?
確かにそうなんだけどさ、むやみやたらと振り回すことができる”力”に自惚れたくはないんだ。
甘すぎるかもしれないけどさ……おっと、その手の話は長くなりそうだから、また今度にしよう。
それより訓練の話だ、と言ってもただボコられるだけなんだけどねーー。
◇
ーーエルマー国:総合ギルドにある演習場ーー
僕は総合ギルドの裏手にある演習場に来ている。
演習場と言っても様々な種類があり、的に向かって魔法を放つのに適した射的場みたいのもあれば、等間隔に障害物やアスレチックを置いた訓練場みたいのもある。
僕がいるのは真っ平な地面がサッカーコート1面分ぐらいに広がっており、周りを4mぐらいの壁が囲っていた。壁の上には僕を見下ろす形で観客席がある。その様相はスタジアムそのものだった。
闘技大会などに使われるらしいスタジアムだが、今日は観客席に人はいない。
それでも僕は場内に入って、ある人物と対峙している。
「はぁっ!」
短く吼えて右ストレートを放つ。
しかし簡単に受け止められてしまったのですぐさま右手を引き、その反動を使って左ミドルキックを繰り出すが、相手はバックステップで回避する。
距離を詰めるため駆け出すが、真っ直ぐには行かず左、右とステップを織り交ぜてフェイントをかけるが全く踊らされることなく、むしろ僕の行き先に合わせてカウンターの裏拳が飛び出てくる。
「くっ!」
迫る拳を払い除け、フックを打ち込むがあしらわれる。
続けて拳を打ち込もうするが、向こうの方が先に拳を放ちクロスカウンターを決められる。
追加で突き入れられた手刀を首を捻ることで避ける。
「これなら!」
空を切った相手の手刀を掴む。
打撃が通じないなら関節を極めようとするが、難なく外される。
しかも逆に手首を捻られそうになったため強引に振り解く。
崩れた体勢に追撃を入れられないよう無理やりミドルキックを放つが、簡単に避けられる。
「ハァ、ハァ……!」
「…………」
突き、掴み、蹴りーー受け、払い、避けーー何度も格闘による攻めと守りを繰り返す。
しかし僕は息絶え絶えなのに、向こうは息を乱していない圧倒的な実力差。
トレードマークのウサ耳が邪魔になりそうなのに、擦りもしない。
「足元がお留守よ!」
「おわっ!?」
焦って大振りに放ったストレートを屈んで躱され、繰り出された足払いをモロに受けてしまう。
「すぐにガードすること!」
「ごほっ!?」
ずっこけそうになる僕の胴体にブローが叩き込まれ、空中へ打ち上げられる。
「相手から視線を外さない!」
「ぐっ! がっ! ブフォっ!」
一緒に跳び上がった対戦相手が、左膝を右脇腹に叩き込み、右肘で左肩を打ちつけ、ダメ押しの左チョップが脳天を捉えて、僕を叩き落とした。
バ、バカな……空中コンボだと……そんなのマンガの世界だけじゃ無いのかーーあ、ここ異世界か。
僕もやっていた? 確かにそうだけど、それは魔法を使ったから。
純粋な身体能力だけで空中3連撃コンボってのが驚きなんだよ。
「動きが大雑把すぎるわ、もっとコンパクトで素早く。フェイントを仕掛けるなら身体の動きだけではなくて、自分の視線や呼吸といった仕草も使って相手の誘導を行いなさい。スタミナも心許ないわ、いつどんな時に何が起こるか分からない状況の中で自分の実力を出せる体力は必要よ」
痛みで地面にのたうち回る僕を見下ろしながらケイリイさんが反省点を教えてくれた。
そう、ケイリイさんである。
総合ギルドで美人受付嬢として勤務している彼女と何故組み手をしているのか、というとケイリイさんは警備ギルドにも所属しているからだ。
確か警備ギルドの方が本職らしい。
警備ギルドとは、その名の通り街の治安を守る警察のような仕事を生業としているギルドだ。
エルマー国では国に所属する公務員のような職業は存在せず、ほとんどの仕事が民間で回っている。
そのため、色んな職種が重なる仕事があれば、効率化も兼ねて副業や兼業をしている人も多い。
ケイリイさんの場合、総合ギルドで受付嬢しているのは最新の情報をいち早く手に入れて現場に急行できるようにするためだと。いやはやキャリアウーマンの鏡だね。
そんなケイリイさんにお願いして、稽古をつけてもらっているのだ。
正直言って、ケイリイさんの実力はハンパじゃない。
やってくる攻撃の勢いというか、密度というか、プレッシャーが前に戦ったーーーーテラリスを除いたーーーー4人と全く違う。
あの4人が一斉にかかってもケイリイさんなら勝てるんじゃないかな。
テラリスと戦っても良い勝負すると思う。
それぐらい身体機能が優れているのが獣人種の特徴だ。
通常の人間では持ち得ない獣の力と警備ギルドとして治安を守るために積み上げてきた確かな戦闘技術。
体術でいえばエルマー国のトップクラスの戦闘力を持つケイリイさん。
そんな実力者に鍛えられたら、そこら辺のゴロツキを1対1なら倒せるようになっていたのさ。
他にも戦闘だけでなく、警備の心構えなんかも教えてくれた。
「ほら、早く立ちなさい。戦いで寝そべっているヒマなんて無いわよ?」
今のケイリイさんは給仕服ではなく、スポーツウェアのような動きやすそうな格好をしている。
身体のラインが出るような服装のためケイリイさんのナイスバディが目に入るのだが、今はドギマギしている場合ではなかった。
殴られた所がマジで痛い。
病気の辛さとはまた違った鋭い痛みが中々引いてくれない。
「さぁ、続きを始めましょう!」
ウサギの耳が鬼の角に見えたのは幻覚だと思いたい。
ーー数時間後。
「ふぅ、今日はこれでお終いね」
「ゼェ、ゼェ……あ、ありがとう、ゼェ、ござい、ました……」
ケイリイさんは軽く運動した感じになっているのに対して、僕は身体中が悲鳴を上げていた。
今回はお互い徒手空拳での組み手だったから、僕が重力魔法を使えばもう少し良い勝負ができると思うが……ケイリイさんの得意なのは格闘ではなくて、ナイフを使った短剣術だそうだ。
本気になった彼女の実力は一体どれほどなのか。
魔法を使っても勝てるか微妙なところ。
「ソータくん、成長したわね」
「ふぅ……そうですか?」
時間を使って何とか息を整えると、ケイリイさんからなぜか褒められた。
さっきの訓練でもボコボコにされていただけだけど……。
「技術とかじゃなくて心構えかしら? 前に”人と戦うことに躊躇しないで”と言ったことを覚えている?」
「ええ、覚えています」
前世の日本は平和だった。全く争いが無いというのは嘘になるけれど、日常から命が危険に晒されている訳ではなかった。
でもここは異世界。人の命がかなり安くなっているのだ。
航空ギルドの船に乗るにしても同じことで、戦闘は回避できない。
他国との争いや空賊の略奪……戦う切っ掛けなんてキリがなく、自分の身を守るためにもしっかり意思を持って戦う必要があると、以前に教えられた。
転生後の身体は、前世の僕からしたら破格の運動能力を備えていたんだけれども……最初なんて、殴りかかることさえ躊躇ったんだよね。
そうしたら、”舐めるんじゃないわよ!”って半殺しにされたなぁ……。
訓練の内容はひたすら組み手。実践に勝る経験はない、とボコられながら指導を受けて、戦いの技術を身体の芯にまで叩き込まれた。
……え? 最初の頃の話が聞きたかった?
いやいや、大して別に面白くない話だし、僕だって自らの恥ずかしい姿を晒すようで恥ずかしいよ。
……まぁ、その話はともかく、スパルタ教育のおかげで敵の攻撃に対して頭で考えるよりも身体が勝手に反応するようになるほどに鍛えられたのさ。
「今日は私を”倒そう”っていう気概を強く感じたのよね。何かあったのかしら」
「あはは……いやぁ、いいかげん覚悟を決めただけですよ」
昨日の戦いがきっかけだよなぁ。
あの時はアイリスちゃんを誘拐しようとした汚い大人たちへの怒りと助けることに必死になっていたけど、改めて振り返るといつ命を落としてもおかしくない実戦というものを肌で感じることができたと思う。
戦わないと自分がやられてしまう、そんな感覚で人を傷つけることに対して開き直ってしまった。
今日の稽古は、昨日の反省から急遽ケイリイさんに頼んだ。
最後のテラリスとの戦いは魔力切れでほとんど一方的にやられてしまった。
アイリスちゃんがいたから助かったけど、あんな不甲斐ない戦いはしたくない。
「ふぅん? これは……そろそろ話そうかしら?」
「何か、言いましたか?」
「成長したソータくんにちょっと大事な話をしようかなと思ってね」
「大事な話ですか?」
な、何だろう? こういった話ってドキドキするね……。
「そう、ギルドでも一部の人しかまだ知らない情報よーー”仮面卿”、もしくは”古い宝石箱”って知っているかしら?」
初耳なので首を横に振る。
「”古い宝石箱”とは、名の知られた空賊のことよ。古い軍船を使って略奪や殺人、重要施設の器物損壊などの罪を多く重ねた凶悪な指名手配犯であり、その首領が”仮面卿”よーーその空賊と思われる船がこの国に侵入したとの情報が入ったの」
「聞いた感じけっこう危ない集団な気がしますが、情報公開をしないのですか?」
某有名海賊漫画なら億越えの賞金首になってもおかしくないぐらい凶悪な奴らじゃないですか?
早めに危険を知らして対策をとるべきだと思うけど……。
「この国に確実にいると決まった訳ではないから余計な混乱を招かないことが理由なのだけれども……あくまで建前よ」
「では本音は?」
「”古い宝石箱”の特徴が分かっていないことよ」
「えぇ……指名手配犯なのにですか?」
電気通信が確立していないこの世界は、口頭や手紙でのやり取りが一般的。
とはいえ多少の誇張や事実の歪曲があったとしても、名前と一緒に特徴か何かを伝えられてもいいはず。
「その姿を目撃した者が消されている場合がほとんどね。そのせいで様々な噂が飛び交って確実と言えるものが少ないのよ。実在しているのは分かっているのだけれど……」
困った、と肩を竦めるケイリイさん。
「何十隻もの戦闘船を運用している国と渡り合った記録が確かにあるのよ。それと同等の戦力を持つ強大で相手なんだけど、目的や構成人数も分かっていないからどう警戒していいのやら……」
フと、疑問に思ったことを聞いてみる。
「ギルド員として紛れることはありえますか?」
昨日戦った相手はギルドが関係していると言っていた。
もしかしたらアイツらは空賊の手先または協力者とかではないだろうか。ギルドに潜入している裏組織的な?
それならば、アイリスちゃんを攫おうとするのも頷ける。
「世界を飛び回っている空賊だから工作員を仕込むのは難しいと思うわね。注意するとしたらこれから入る新人くんってとこかしら。ま、その可能性も低いとは思うけど」
そりゃそうか。人を動かせるぐらいの権力を手に入れようとしたら時間がかかってしまうし、短期間で済ませようとすれば目立ってしまう。
そうしたら潜入の意味が無いもんな。
「とにかく、”古い宝石箱”に関して何かしてほしい訳ではないけど、いざという時に覚えておいてねっていう話よ」
「了解しました。でもいいんですか? そんな重要な情報を僕にして」
別に言いふらすつもりはないけど、僕はまだ見習いですよ?
「この情報は、戦闘の腕前と信用のできる人にしか言っていないーーつまり、ギルドから認められた証ってことよ」
頑張ってね、と笑顔でポンポンと僕の頭を優しく叩いたケイリイさんは演習場を後にした。
……ここでアメを入れてくるのはズルい。
いつもの通りギルドのために馬車馬の如く働けって言われただけなんだけど、美人さんに褒められたら嬉しいじゃん。応援してくれたらやる気出るじゃん。
我ながら現金であることは自覚してる。
……明日もギルドの依頼受けるか。
強い女性は美しい……そうは思いませんか?