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第七話 ボーイミーツシスター

 重力魔法ってチート能力やん? って思うかもしれないけど、実はそうでもないのよ。

 確かに、数自体が少ない魔法使いの中でさらに希少な無属性ではあるけれど、重力魔法を使う人は他にもいるってさ。

 ”魔法”という枠組みの中にある1つの種類に過ぎないとのこと。


 その話をトリトンさんから聞いて少なからずショック受けたな。

 前例がない、異常、特別……そんな言葉が似合うのがチートってやつなのさ。

 魔法使い自体が少数で、その有能な能力を活かすために働き方が管理されているような世界で、ちょっと珍しい魔法ぐらいじゃ、その枠組みから外れないんだよね。

 贅沢な悩みってのは分かるけど、やっぱり特別になりたいって期待しちゃわない?


 魔法ナシで転生した方が航空ギルドへの道のりは近かったんじゃないかと、一時期はそう思っていた。

 だけど、魔法を使えたからアイリスちゃんを救うことができた。

 この時の出会いと経験が僕にとって今後の運命にどう影響するのか、果たしてーー。



 ◇



 ーーエルマー国:中心街にある路地裏ーー 


 僕はこの世界で転生者だということ隠している。

 別に言いふらす必要もないし、そもそも信じてもらえないだろう。

 実は異世界からやってきました、なんて日本で言ったら”あ、こいつ電波系か”と距離とられるだけだし。


 この世界に転生した経緯も、この世界での転生者の扱いも分かっていない。

 勇者のように担がれるかもしれないし、研究対象として悲惨な目に遭うかも。

 だから転生者という言葉には慎重になって、誰にも言っていないのだがーー。


 目の前の少女に見抜かれた。


「て、転生者? なな、何を言っているのかな? 僕は生まれてずっとこの世界で生きているよ? 別の世界なんて、し、知らないよ?」

「嘘は良くないのです。別世界があることを前提に話せるのは転生者ならでは、なのです」

「しまったぁ……!」


 突然のことで(ども)ってしまった。我ながらごまかすのヘタクソか。

  

「それに転生者さまはわたしたちを見てエルフと答えると、長老のオババが言っていたのです」


 ちょっと大袈裟に焦った振りをしてみたけど、それが功を奏したのか、口角を上げてドヤ顔をされた。

 分かりづらい小さな変化だけど、少しだけ心を許してくれた気がする。


 話から推測すると、僕みたいに耳長の人をエルフと呼んだ転生者が過去にいたのかな。

 転生者だけがエルフと呼ぶなら世間ではなんて呼称されているのか、この世界での転生者という存在など色々教えてほしいだけど、今は後回しかな。

 彼女の安全を確保しないと。


「あー、うん、まぁ、その……アイリスちゃんの言う通り僕は転生者。まだ来たばかりのね」

「正直に話してくれてありがとうなのです」

「えっと、僕が悪い人じゃないってのは分かってくれたのかな?」

「はいなのです。ソータさんは信用できる人がと分かったのです」

「んー、僕が言うのも何だけど……知らない人を簡単に信じちゃダメだよ?」


 転生者ってことを正直に話しただけで、信用に値するとは到底思えないんだけどなぁ。


「……ソータさんは、わたしに嘘をつくのです?」

「ああっ、いや、な、何で僕を信用してくれたのかなー? なんて思ったからであって、君を騙したりはしないからっ」


 軽い注意っぽいものをしたら、ウルウルと涙を滲ませて悲しそうな顔された。しかも上目遣い。

 やめてっ!? とても良心が痛むから!

 僕が慌ただしく答えると、涙を引っ込めてクスクスと美しくも悪戯っぽい微笑みを見せた。

 ……何この子。子役か何か?


「信用した理由は……女の勘なのです」

「え……それはずるいなぁ」


 たぶんこれ以上詮索するなって意思表示ってことなんだろうけど……そんな笑顔を見せられたら聞き返しにくいじゃないか。


 見た目よりも利発でおませな女の子の手を引いて立ち上がらせる。

 

 助けた相手に甘い? 幼気な少女相手に強気な態度は取れないよ。

 僕は無害だと分かってくれた、これだけでも十分だと思う。


「じゃあ、アイリスちゃんの保護者はどこにいるか教えてくれる?」

「それなら、お姉ちゃんを探してほしいのです」

「お姉ちゃん?」

「なのです。お姉ちゃんと買い物をしていた所を逸れてしまったのです」


 なるほど。向こうも必死になって探しているに違いない。

 ……いや、もしかしたらその”お姉ちゃん”も追われているのかもしれない。

 アイリスちゃんと同じエルフだとしたら狙われる可能性は十分にある。

 そうしたら時間の猶予がないかもしれない。


「そっか。じゃあ、お姉ちゃんの特徴を教えてくれるかい?」

「えっと、確かーー」


 アイリスちゃんが言葉を続けようとした瞬間、上空から熱と光を感じた。

 仰ぎ見ると火の玉が落ちてくるのが認識できた。


「危ない!」


 すぐさまアイリスちゃんを抱き寄せて、その場を離れる。

 

 火の玉は地面に着弾。放出される熱波を背中に感じながらもアイリスちゃんを庇い守る。


「熱っ!」

「だ、大丈夫なのです!?」

「ああ、なんともないよ」


 心配してくれる彼女を背中に、僕は火球を生み出した奴と相対する。

 今度の相手は火を生み出して操る火魔法(フロギストン)使いか。


 正直言ってけっこうピンチだな。魔法道具(マジック・アイテム)への魔力供給の仕事の後に先ほどの水魔法(アクア)使いとの戦闘も行なったことで、魔力が尽きかけている。

 魔法使いは少ないから、増援に魔法使いがいるとは思わなかった僕のミスだな。

 

「仲間割れでもしたの? バカすぎるでしょ。まぁ、片付ける手間が減っていいんだけどね」


 転がっているギルド員を見て呟く乱入者。

 新たな増援というより、アイリスちゃんを狙う別の集団と見た方がいいか。


 よく漫画やラノベなんかで”殺気”という言葉を見かけるけど、僕は”ありえない”と思っていた。どんなに”殺そう”と思っていても、そんな気配を放出できるはずもないし感じ取れるはずもない、と。

 だが、それは違った。

 目の前の人物から見えない”何か”を確実に感じる。魔法のオーラが出ている訳でもないのに。

 先ほどの男たちのようなヘラヘラした雑念ではない。真っ直ぐに僕を見て、倒す敵だとハッキリした意思を僕にぶつけてくる。

 対峙しているだけでチリチリと肌がヒリつく。空間に息苦しい圧が満ちていくみたいだ。


「見張りがいたんだと思うけどな」

「見張り? ああ、あんなザコを置いても意味ないわよ」


 ハエでも追っ払うように言い放つ余裕さ。

 これは一筋縄にはいかないかも。


「悪いけど、あたしのアイリを返してもらうわよ」


 フード付きマントを羽織っていて体格などの情報が分かりづらいが、声からして女性か?

 女性だからといって、侮るつもりはないけど。


「あの……!」

「アイリスちゃん、危ないから下がってて」


 僕はすぐさま、アイリスちゃんを後ろに下がらせる。

 何か言いたげだったが、侵入者を目の前に気にする余裕がない。


「ちょっ……気安くアイリの名前を呼ばないで!」


 気安く呼んでいるのはどっちだよ、とツッコミたくなる。

 ”アイリ”はアイリスちゃんの愛称だと思われるが……かなり強い執念を感じる。ストーカーや狂信者の類か?

 アイリスちゃんの可愛さに惹かれるのも無理はないがーー。


「いいや、アイリスちゃんを渡す訳にはいかない」

「犯罪者のくせに、よくも抜け抜けと!」


 なんか会話が噛み合わないな。悪者はそっちじゃないのか。


「力尽くで返させてもらうわよ!」


 態度を変えない僕に業を煮やしたのか、突き出された掌から赤いオーラと共に火球が放たれた。

 火……というより炎といった方が納得できるぐらいの火力が僕を襲う。


 詠唱もしないで放たれた火球には驚いたが、速さはそこまでじゃない。

 だが、避ければ後ろにいるアイリスちゃんに被害が及ぶかもしれない。

 そんな危険に晒してたまるか。


重力魔法(グラビトン)ーー増加(ゲイン)!」

 

 右腕に重力魔法を纏う。

 これが限界か。全身に魔法を纏った大技はもうできないな。


 両断するように振り抜くと、増加した重力の手刀に耐えられず火球は霧散する。 


「その魔法は……!?」

「コイツでもくらえっ!」


 ギルド員のものだった剣を拾って投げつけた。

 人に刃物を投げつけるのに抵抗がない訳じゃないが、魔力の節約のため、この場を切り抜けるため、使えるものは使わないといけないぐらい今は必死だ。


「舐めないで!」


 相手は迫る剣に怯えることなく、炎で形作った剣であっさり弾いてしまった。


「いい加減、アイリから離れなさい!」


 続いて炎の剣を伸ばし、鞭のように振るってきた。


 こいつ、魔法の使い方が上手い。

 剣かと思えば鞭のように、鞭かと思えば剣のように…… 詠唱も無しに炎の形を自由自在に変えて、流動的な動きで翻弄してくる。

 

 詠唱ーー技名を言ったりするのはあくまでイメージを想起させるための補助に過ぎない。

 唱えた方が威力が出る場合もあるし、言う言わないは人それぞれだ。

 ただ、言葉を発せずイメージだけで完結する無詠唱ができる人は上級者であるのは違いない。

 詠唱を唱える時間を省くことで先手を取れるし、気づかれることなく不意打ちもできるし、詠唱内容で魔法の概要を悟られないなど、戦いにおけるメリットがたくさんある。


「くっ!?」


 フードの奥からかすかに見える眼光はかなり鋭く、一体何が理由で? と問いたくなるほど怒りが満ちていた。

 当てられる怒りに慄きながらも何とか避け続ける。


「しまった!」


 そして、重力魔法(グラビトン)を使う暇がないほど激しい連撃の中、顔面に迫る炎を無理な体勢で避けたのが災いし、バランスを崩してコケてしまった。

 断頭台のギロチンとばかりに無慈悲に振り下ろされそうな炎の鞭に、僕は身を竦ませる。


「待つのです!」


 大火傷を覚悟した僕の前に、アイリスちゃんが手を広げて庇ってくれた。

 身を挺してくれることはとても嬉しいが、相手の狙いはアイリスちゃんだ。

 急いで体勢を立て直さないと……!

 

「どきなさい! 可愛いアイリに手を出した不埒者は成敗しないといけないわ!」

「違うのです! ()()()()()!」


 相手もアイリスちゃんを傷つける気がないのか、ピタッと動きを止めるーーん? お姉ちゃん?


「この人はわたしを助けてくれた恩人なのです!」

「…………」

「…………」

「…………」


 アイリスちゃんの言葉の後に沈黙が続く。

 やがて、”お姉ちゃん”と呼ばれた相手はギギギと壊れたブリキのおもちゃのような動きで僕の顔を見た。 

 さっきまでの燃えるような怒りは感じられず、冷や汗ダラダラ流して狼狽えている。

 そんな相手が目線で訴えてきた。


 ーーもしかして、あたしヤっちゃった?


 焦げ臭さに顔をしかめながら、僕は静かに頷き内心で返答した。


 ーー訴えたら勝てるね、と。



 ◇



「ぐっ……も、申し訳、ございませんでし、た」

「お姉ちゃん! もっとしっかり謝って、です!」


 悔しさに顔を歪ませながら謝っている侵入者の正体は、アイリスちゃんの実姉だった。

 まさかこちらが探す前に向こうからやってくるとはーー危うく殺されそうだったが。

 本人は僕に攻撃をしたことについて、アイリスちゃんを取り戻すために行ったことなので謝ろうとしなかったが、アイリスちゃんの鶴の一声で致し方なく謝罪を行うことに。


 謝りたくない相手に無理やり謝罪させられるって、けっこう屈辱的だよね。

 目の前で半○直樹の有名シーンが繰り広げられているみたいだ。

 さっきまでのヒリつく殺気が嘘のように消えている。


「大事にはならなかったからもういいよ。僕の名前はソータ。よろしく」


 誰も傷ついていないのだ。アイリスちゃんの姉と険悪な関係なままよろしくないし、友好を図りたいのだがーー。


「ふんっ! アンタに教える名前なんてないわ!」


 差し出した手をピシャリと払われた。

 ……手厳しいな。


「お姉ちゃんの名前はテラリスなのです」

「ちょっ、アイリ!?」


 その様子を見ていたアイリスちゃんが即座に暴露して、姉ーーテラリスが”裏切られたっ”と言わんばかりの驚いた顔しているのが、何か面白い。


「お姉ちゃん。恩人にとる態度ではないのです」

「だ、だって、どこの馬の骨かも分からない男なのよ! 燃やさないと危ないじゃない!」

「お姉ちゃんの考えなしの行動で、わたしも被害を受けそうになったのです」

「そ、それはアイリのことを取り戻そうと必死に行動した訳でーー」

「先に、ソータさんの方が助けてくれたのです」

「ううぅ……あたしの天使が男に汚されたぁぁぁ!」


 目の前で姉妹の寸劇が広がっている。

 妹に頭が上がらない姉とは面白い構図だな。

 テラリスの容姿はアイリスちゃんをそのまま成長させたと言ってもいいぐらいそっくりだった。高校生のような見た目だから、同い年ぐらい?

 美しい金髪と煌く碧眼に尖った耳。

 大人しそうなアイリスちゃんと違って活発そうな雰囲気を持ち、スラっとした身長は誰からも注目される美人であるのは間違いない。

 だが、アイリスちゃんほどトキメキを感じないのはなぜだろうか。

 一応言っておく。僕はロリコンではない。


「……何ジロジロ見てんのよ。燃やすわよ!」

「怖過ぎなんだけど」


 何この子。考え方が放火魔なんだけど。


「いや、えっと……アイリスちゃんに似て綺麗だな、と」

「っ!? へ、へぇ、見る目あるじゃない。まぁ、天使の生まれ変わりであるアイリの姉であるあたしも美しいに決まっているわね! ア、アンタの言葉に喜んでいる訳じゃないから、か、勘違いしないでよね!」


 おおぅ……言い訳じみた咄嗟のご機嫌取りの言葉だけど、こんなにも分かりやすい天邪鬼なセリフを吐く人がホントにいるとは。


「そうだね。アイリスちゃんが天使なのは確かだ」

「やっぱ燃やした方がいいかしら……?」


 なぜか事実を言っただけなのに、半眼でジロリと睨まれた。

 いやいや、僕はロリコンじゃないからね。


「まぁ、でも、アイリを助けてくれたことは……感謝しているわ」

「へぇ? これが”ツンデレ”というやつか」


 突然テラリスに、歯切れが悪いながらも礼を言われた。

 ツンツンの後の本音という二面性のギャップは確かに魅力を感じる。悪くない。


「失礼ね! 人が感謝しているというのに!」

「いや悪かったってーーもうアイリスちゃんを見失うなよ」

「ふんっ、そんなこと言われなくても分かっているわよ。さぁ、アイリ。帰りましょう」

「はいなのです、お姉ちゃん。ソータさん、本当にありがとうございますです。このお礼はいつか必ずするです」

「そんなこと気にしなくていいから、気をつけて帰りなよ」


 さっきまで言い合ってはいたが、2人にとっては戯れていたようなものなのか、仲睦まじさがとても微笑ましい。

 しっかり手を繋ぎ笑い合う容姿の似た2人の姿が少し羨ましく思いながら、見えなくなるまで見送った。


 血を分けた姉妹か……。

 僕は前世では兄弟っていうのはいなかった。

 親でも友達でもない、血の繋がった特別な関係ってどんな感じなのかな。


 そんな感傷に浸っていると、別れ際のアイリスちゃんの口元が”またね”と動いていたのは僕の気のせいだろうか。

 中々劇的な出会いだったし、せっかく出会った縁を切りたくない女々しい気持ちからきた思い込みだよな。


 もしくは目の前の惨状ーー地面に転がる誘拐未遂犯たちの後始末から現実逃避したいだけかもしれない。

 

「とりあえず縛るか……」


 とてもメンドくさいが、ほっとくわけにもいかないので行動に移す。

 ……姉のテラリスに少し手伝わせればよかったな。

使えるなら、どんな魔法がいいですか?

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