第六話 重力魔法
飛空船に乗る前に魔法バトルを勃発させる僕。
スチームパンクと飛空船はどこにいったのかって? まぁまぁ、後から出すからさ。
ちゃんと盛り上がる場面を用意しているから楽しみに待ってなよ。
今は転生で授かった魔法の力がどんなものなのか話すとしようか。
ん? なんで一般人だった僕が戦えたのかって? それは今度ちゃんと話すよーー。
◇
ーーエルマー国:中心街にある路地裏ーー
「発動ーー重力魔法」
僕がその名を口にして、無色のオーラが全身を纏う。
無色と言っても、空間が歪んだ感じのエネルギーが発現している。それは向こうも確認できただろう。
まだ魔法による現象は起こさず、いつでも即応できるようアイドリング状態にしておく。
「さぁ、準備ができたぞ」
視線の先にいる少女を誘拐しようとする不審な魔法使いのおっさんに言い放つ。
強者ゆえの余裕なのか、それとも何か目的でもあるのか、興味ありげな様子で僕の魔法の発動を見ていた。
「ほう、”無”属性の魔法とは珍しいな」
「ああ、そうだ。これを見たからには貴方は必ず倒す、覚悟しろ」
魔法の基本的な分類として、火・水・風・土がある。さらに派生として、氷や雷など細く分かれる。
ほとんどの魔法が何かしらの属性に分類されるけど、中にはどれにも当てはまらない属性や概念的なものがあり、それが無属性と呼ばれる。
僕の魔法は重力に作用する無属性魔法だ。
そう、重力を操れるのが僕の魔法。カッコイイでしょ?
……いいから続きを話せ? あ、うん、ごめん。
えーと、何で”必ず倒す”なんて宣言したかというと……エルマー国の魔法使いはそこまで多くない……らしい。今は顔を隠しているけど、性別・体格・使った魔法などの分かっている情報だけでも調べればすぐに身バレする恐れがある。
だから、僕が関わったことを知られないないために、ここで捕まえないといけない。
「それは困った。雇主に報告しないといけないな」
「そうはさせない!」
雇い主が誰かは知らないけど、この悪事だけはここで止める。
改めて決意を固めた僕は徒手のまま走り出す。
相手もそれが分かっていたのか、即座に水の刃を撃ち出す。
放たれた複数の刃が行き先を塞ぐように飛んでくる。
ここは狭い路地だ。逃げ場所は少なく、このまま突っ込めば当たってしまう。
なら、当たらない場所に進めばいい。
「方向変化ーー展開」
追加の詠唱を唱えた後、僕は躊躇なく横に跳び壁に着地する。
「なにっ?」
予想外の方法で避けられたことに驚いてくれた隙をついて、そのまま壁を走る。
さっきまで地面だった場所が壁のように立っている、という不思議な光景を眺めながらも足は止めない。
今の僕は身体にかかる重力を軽減してとても身軽になった状態だ。
いや、身軽って表現は適切じゃないか。重力を無視した移動が可能になったことで、垂直の壁を走ることさえできるようになったのだ。
「くっ、水流飛刃」
すぐさま追加の刃が襲いかかってくるが、壁を走る敵に撃つのは初めてなのか、さっきまでの精細さがなかった。
加えて今の僕は壁が地面になっているから地面と変わらない挙動が可能で、避けるのは簡単。
壁に立った状態で、飛んでくる水の刃をステップで回避していく。
当たらなければどうということはないのだ。
「方向変化」
ムキになって乱雑に飛ばしてくる攻撃の隙を見て壁から跳び上がり、重力方向を変化ーー向かい側の壁に着地。
背後をとった形になり、再び重力方向を変化。ガラ空きの背中へ飛び出し、右の膝蹴りを繰り出す。
「ぬぅっ……!」
ギリギリで反応されて曲げた腕でブロックされる。
だが、僕の攻撃はこれで終わりではない。
「重力制御」
今の僕は飛び蹴りを防がれて、その身が空中にいる。
そこで、さらに魔法の追加。
全身に均一の重力の力がかかるよう調整。全周囲から重力という風を吹き付けられているイメージかな。
それで何が起こるかというとーー。
「はぁっ!」
「ぐおっ」
空中に浮いたまま、左ストレートを撃ち出す。
地面に足がついていないけど、右膝を引いて腰の捻りを加えた攻撃は、見事に顔面に直撃。
だが、相手はそれで倒れることなく、ダメージに顔を歪めながらも掴みかかろうとしてくる。
僕はそれを重力変化で対処。身体が後ろに引っ張られ、再び壁に着地。
空中をふわりと動く不思議な動きにペースを乱され、相手は不機嫌さを醸し出す。
「さっきまでの余裕が無くなったんじゃない?」
「小癪だなっ、水流捕縄!」
「うわっと」
なりふり構わなくなったのか、壁に張り付いている僕を落とそうと水の刃だけでなく鉄パイプを簡単に絡めとった水の鞭も使い始めた。
回避はできるけど、ちょっと近づけないな。飛び掛かるために力を溜めようと足を少しでも止めると、すぐに水が囲い込んでくる。
「だったら……」
配管工のおじさん顔負けの壁ジャンプを何度も繰り返す。
やがて壁を登りきって頂上に到達。駆ける壁のない僕は空へ身を投げ出す。
ここまで離れれば水の刃も届かないだろう。
柔らかいオレンジ色の光を感じる。
いつの間にか夕方の時間になっていたのか。
燃えるような、けれども懐かしい暖かさを持った美しい夕焼けの空に身を投げ出した僕は、地上では感じられない風を全身に受ける。
全てから解放されたかのような感覚。自分の心臓が波打つ音が聞こえ、この感覚を強く欲しているのが分かる。
魔法を発動して空に身を任せる度に思うーーこの世界にきて良かった、と。
誰かに人生を決められた前世ではなく、この世界、エル・ド・ラドで自由に生きる1人の人間なんだ、と。
そう! 僕は自由な風になっているーーなんてね。
だけど、これでも足りない。
この高さからでも見上げることができる、限りがないような天高い空をもっと感じていたい。
もっと、無限に感じられるような空をーー。
おっと……感傷に浸っている場合じゃないや。
ほんの少しだけ空の感覚を楽しんだあと、眼下を見据える。
こちらを見上げて驚きを隠せていない水魔法使いのおじさんと誘拐されそうになっていた少女。
そんなに心配しなくてもちゃんと戻るから。
空中で姿勢を整えながら、別の魔法を唱える。
「重力魔法ーー重力増加、展開」
僕の重力魔法はその名の通り、重力に干渉して操る魔法だ。
この世界も宇宙にある惑星の1つであるなら、自転することで発生する遠心力と全ての物が引き合う力を持つ万有引力ーーーーそれらの知識はこの世界はまだ持っていないと思われるーーーーが合わさった重力に作用できるこの魔法は色々と応用ができる。
重要なのは”イメージ”だとトリトンさんから教わった。
実現したいことを想像し、その内容を身体の内にある魔力を使って創造することが魔法。強く、そして詳細に思い浮かべるほど強い効果が出る。
ーー魔力。
前世にはないファンタジーなエネルギーが僕の身体の中にあると突然言われて、それなりに困った。
困りはしたが、病弱だったからこそ、健康体に宿る気力みたいなエネルギーみたいなものを強く感じることができた。
そのエネルギーを使って僕は重力魔法を発動する。
今できるのは自分にかかる重力操作だけ。
アニメや漫画では敵役の能力として描かれることが多い重力系能力だが、自身の周囲の重力を倍増させて押し潰して”ひれ伏せ!”みたいなボス感のある魔法はまだできないんだよね。
だけど、足先と向けた先が磁石のようにくっつくイメージをすれば、上から下への重力を横方向に変化させて壁ジャンプや壁走りといった超人じみた動きができる。かかる重力の力を調整すれば空中に留まることだってできる。
そして、自分の身体に重りをつけたイメージをすればーー重力を増加させ、より速く、より重い、筋力に頼らない強力な攻撃手段にすることができる。
重力魔法を使った格闘ーー僕はこれを”重力格闘術”と名付けた。
「はあぁぁっ!」
左足を折りたたみ、両手はバランスをとるために広げる。
伸ばした右足は、悪い魔法使いに狙いをつける。
星へ引き寄せようとする重力を何倍にもすることで、自由落下とは比較にならないスピードで急降下する。
水の刃が迎撃にやってくるが、今の僕の勢いは流れ星の如く。
高速で景色が移りゆく中、薄い弾幕を通りぬけ、目標に目掛けて突き進む。
相手は魔法が通じないと分かるとすぐに回避しようとするーーだけど無駄だ。
今の僕は、重力に縛られない。
かかる重力の方向に干渉、進路を調整ーー逃さない!
ただ落ちてくるだけかと思っていたのにグンッと空中で角度を変えてきた僕に、驚愕と恐怖を思わせる表情が印象的だった。
魔法使いだからと余裕を見せたのが仇になったな。
男たちに囲まれ誘拐されそうになった女の子の恐怖した気持ちを、これで少しでも理解しろ。
外道たちに怒りと断罪の思いを込めて、僕は渾身の一撃を繰り出す。
「くらええぇぇ!」
「ぐおぉっ!!」
僕の右足が相手の胸部に衝突。
重力増加で加速して放ったなんちゃってライダーキックは見事に命中し、相手を吹き飛ばす。
壁にめり込むように激突した魔法使いはそのまま動かなくなった。
……死んでないよね?
最後の急降下攻撃は下手したら人を殺してしまうほど強力だ。
インパクトの瞬間に重力軽減をして威力を減衰させたから大丈夫だと思うけど……。
まぁ、コイツらにそこまでの心配は不要か。周辺の壁とかにも大きな被害は出していないし、戦果としては上出来でしょ。
派手な音とかは出していないけど、あまりモタモタしていると見張りが不審に思ってこちらに来てもおかしくはない。
早くこの少女を安全な場所に連れて行かないと。
端の方で蹲っている少女の姿を改めて確認する。
年齢は10歳ぐらいか。
丈夫なマントみたいなを羽織っていて詳細は把握できないが、流血していたり捻挫などで痛みを堪えている様子はなさそうだ。
とりあえず大きな怪我がないことにホッとする。
近づくとビクッと肩が震えた。
……見ず知らずの男が、突然やって来たのだからそりゃ警戒するよな。
だからと言って、ここで見放す訳にはいかない。
驚かせないようゆっくり動いて、彼女の目線に合わせて話す。
「大丈夫かい?」
少女は恐る恐るといった様子で頷いてくれた。
「あ、あなたは……?」
「君を助けに来たんだ」
質問できるくらいは落ち着いているらしい。
安心させるためにも被っていたフードを脱ぐ。
「僕の名前はソータ。君の名前は?」
「……アイリスなのです」
「そっか。僕はアイリスちゃんの声を聞いたんだ」
「……あなたもこの国のギルドの人なのです?」
魔法使いのおじさんとの会話を聞いていたか。
ちょっと疑えば、僕をこの少女を攫う別グループと思われてもおかしくはない。
手柄を求めて同組織内で争う、なんてことはよくある話だ。
助けにきたからといってすぐに飛びつかないこの子はけっこう賢いかもしれないないな。
それとも人に追われることが日常的になってしまい、人間不信になっているのか。
「……そうだね。同じギルド員として本当にごめん」
こんな薄っぺらい謝罪なら余計に警戒させるだけかも知れない。
でも、ギルド員に捕まるか突然現れた男について行くか、どちらにせよ選択肢も時間もあまりない。
そんな中、少女は不思議なことを聞いてきた。
「わたしを見てなんとも思わないのです……?」
”わたしを見て”? 姿に追われる原因でもあるのか?
そういえば路地は薄暗かったから、容姿をよく見ていなかったかもしれない。
天真爛漫さと思慮深さを湛えた海のような蒼色の大きな瞳。
小さな薔薇の蕾のような唇。
どの化粧品でも出せない艶やかさがある白磁のようなきめ細かい白い肌。
光を織り込んだように煌めく金髪。
あどけなさと美しさが両立した天使がそこにいた。
”人形のような美しさ”という言葉があるけれど、彼女には当てはまらない。人形のような作り物ではなく、生命ある者だからこそ生み出せる輝きが確かにそこにはあった。
「あ、あの……?」
「ハッ!? あ、ああ、いやなんでもない」
何が言いたいというとスゴイ可愛い女の子だということ。
……あらかじめ言っておくけど、僕はロリコンじゃないからね。
「んー、エルフっぽいけどなぁ」
「……!!」
顔の造形は僕のような人間種とほぼ同じだ。
だが彼女の金髪の間からピョコンと横に尖った耳が飛び出しているのだ。
なんとなくファンタジーの定番であるエルフを思い起こされたから聞いてみたが……失敗だったか?
エルフ、という言葉を聞いた少女は驚いた顔でこちらを見返してきた。
「わたしたちの正確な種族名を知っているのは同族ぐらいなのです。魔法使いさんでもごく一部なのです。研究している学者さん、もしくはーー」
少数民族、とかそんな理由であまり知られてない種族なのか。珍しさ故に狙われてしまった、とか?
4人もボコボコにした僕は学者には見えないだろう。なら、少数民族である希少性を知っている悪どいギルド員だと判断されてしまったか?
だったら無理に連れ出すより、何も言わずに立ち去った方がいいかもな。
せめて一番最初に見かけた見張りだけでもブチのめしてから帰るか。
何故かウンウン唸っている少女に気づかれないよう腰を上げようとした時ーー何か思い出したかのように話しかける
「もしかして転生者さんなのです?」
…………。
……なんでバレた?