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第5話 動き出す歯車

 知ってる? 見張る警備の人に必要なのは、その場所へ通さない拒絶する力だけでなく、周囲の目を引かないよう相手を刺激しないよう(なだ)める能力も必要なんだとさ。

 殺意なんか用いて追っ払うと”何か物騒なことが起きてる”と逆に野次馬根性や好奇心が湧いちゃうってさ。”好奇心は猫を殺す”って言葉があるくらいだし。

 まぁ、要人の警護とかになるとまた話は変わってくるけどね。

 

 なんでそんなこと知っているのかって? ある人から教わったんだよ。


 とにかく、キナ臭いなと思っていたら案の定、怪しい場面にバッタリ会ってしまった訳だ。

 正義感と好奇心で首を突っ込んだ僕は何をするのか、続きをどうぞーー。



 ◇



 ーーエルマー国:中心街にある路地裏ーー 


 物陰にて男たちに囲まれた少女の様子を窺う。

 助けを求める声を聞いて思わず駆け寄ったが、見張りをしていた男が本物の警備ギルドの人だった。

 追われている彼女は何かしらの犯罪を起こそうとしたのか、もしくは既に手を染めてしまった可能性も考えられる。


「へっへっへ、やっと追いついたぜお嬢ちゃん」

「いやっ、離してです!」

「雇主様が、お待ちかねだぞう」


 少女の腕を掴み、乱暴に扱う男。

 少女は身を捩って必死に抵抗するが男の腕力に敵う訳もなく、被っていたフードが脱げただけだった。

 薄暗い路地裏で目立つ金髪と幼い顔が顕になり、その目には涙を浮かべていた。


「誰か! 助けて……!」

「ここには誰もこねぇよ。大人しくするんだーー」


 追い詰められた少女の悲痛な声を聞いた僕は居ても立ってもいられなかった。

 助けを求める声に応えるため、身を乗り出す。


「はーい。何してんですか?」


 男たちは驚いた様子でこちらに振り返る。


「テメェ、何者だ?」

「ただの通りすがりの住人ですよ」


 そう言われて正直に話すバカはいないだろう。

 しかし、何というか放つ言葉が悪役のテンプレそのまんまだね。


「幼気な女の子に寄って集って恥ずかしくないんですか」

「そいつを捕まえるギルドの依頼中だ。部外者は引っ込んでろ!」

 

 やはりギルドが関係している?

 はぁ……正式な登録の前に問題を起こすことになるかもしれないとは。身バレはできるだけ避けたいな。

 今はフードを被っているから、薄暗い路地では顔が分かりづらいはずだと思う。


「この子が何をしたというんですか」

「お前には関係ない話だ」 


 やはり違和感がある。捕獲要請の依頼の場合、殺傷能力のある武器の携帯はギルドで禁じられているけれど……見た限り全員が刀剣類を所持している。

 もちろん相手が凶悪な指名手配犯などだったら話は別だが、少なくとも少女相手に装備していいものではない。


 もしかしたら、ギルド員が後ろめたい事を行っているのかもーー例えば、人身売買とか。

 スチームパンクと魔法ファンタジーな世界だが、”奴隷”の概念はやはりある。総合ギルドの近くに”奴隷商店”が堂々と建っているのだから。


 奴隷と言っても、重犯罪者のための罰であったり、身寄りのない孤児のための働き口であったり、社会を回すために必要な経済処置機構になっている。他にも借金苦で苦しむ家族を更生できるよう世話をする奴隷商人もいるらしい。

 前世での”奴隷”はマイナスのイメージしかないからな。そんな話を聞けば、納得はしづらいけど理解できるよう努力はしたい。

 だけど、目の前の人たちは違う。


「邪魔するというなら、どうやらそいつの味方らしいな。お前も拘束させてもらう」


 この言葉をきっかけに雰囲気が変わった。

 剣を抜き放ち、いつでも飛び掛かれるように構えた。うん、拘束じゃなくて口封じのために殺す気満々だ。


 コイツらは自分の歪んだ欲望のためだけにに無理やり拐おうとする下衆だ。


 金か、性欲か、目的は分からないが自分たちの感情を隠そうともしない。

 その感情は僕もよく知っている。

 囲っている少女を”物”としか見ていないムカつく目だ。


 前世で僕を見下していた大人たちの汚れた目が、脳裏に蘇る。


 ああ……この世界でも、子供を食い物にする輩がいるーー自分の利益のためなら、何のためらいもなく人の尊厳を踏みにじり、いくらでも残忍になれる。

 そんな奴らは許すことはできない。

 ふつふつと湧き上がる怒りと嫌悪感。

 僕は返答代わりに、道端に落ちていた鉄パイプを手に取る。


 相手は4人。全員、人間種(ヒューム)か。

 1人でも身体能力の高い獣人種(ワービースト)がいたら勝ち目はゼロだったけど、これならなんとかできるかもしれない。

 狭い路地にいるから、1対1の状況を維持すれば勝機はある。


 ギラリと鈍い輝きを放つ鋭い刃物を向けられ、ビビる気持ちを怒りで上書きして押さえつけてパイプを構える。

 相手は傷つけることに慣れた大人。それに対して僕なんて護身術はそれなりに習ったぐらいで、命のやりとりなんか全くしたことないガキンチョ。

 でも、ここで逃げ出したら男たちの向こう側にいる少女は、これから人生立ち直れないぐらいの酷い目にあうかもしれない。子供は汚い大人に翻弄されるべきじゃないんだ。

 どんなに恐ろしい相手だろうと、目は逸らさない。


「突っ立ってるなら、こっちから行くぞ!」


 僕が怖がって立ち竦んでいると思って男が走り出したと同時に、僕はパイプを振った。

 男に対してではない。側にある蒸気パイプに、だ。

 ここは滅多に人が通らない路地。メンテナンスがあまり行われていないであろうに目をつけて、蒸気パイプが老朽化している所へ力の限り叩きつける。

 狙った繋ぎ目に見事当たり、嫌な金属音を立てた後、パイプはひしゃげて蒸気が勢いよく吹き出す。

 

「どわっ!?」


 思ったよりも勢いが強い蒸気を僕と男は被り、辺り一面は真っ白な煙に覆われる。

 上手くいったことを心の中で喜び、すぐさま駆け出す。


「せいっ!」


 男の頭であろう場所にパイプを振り抜く。


「ぎゃあっ!?」


 視界は真っ白でわからないが、手応えからおそらく額にクリーンヒットした男は悲鳴を上げる。1人目。

 そのまま駆け抜けて蒸気から抜け出すと、別の男が剣を振りかぶって待ち構えていた。


「オラァッ!」

「おっと……!」


 袈裟斬りに振られた剣を何とか受け止め、当てられた勢いに逆らわずバックステップをして再び煙の中に入る。


「待ちやがれ!」

「お前が待て! 蒸気の中は相手の思うツボだぞ!」


 斬り付けてきた男が後を追いかけようとするが呼び止められる。

 流石に煙の中には入ってこないか。

 だけど、蒸気に近づきすぎだよ。

 聞こえた声からおおよそ位置を把握して、蒸気の中からパイプを突き出す。


「ゲフッ! この野郎!」


 胸部に当たったみたい。肺を打たれ咳き込んだ男は逆上して剣を振ってくる。

 それは想定内なので、回り込むように躱し、煙を斬りつけている相手の膝にパイプを叩きつける。

 体勢を崩して膝をつき、ちょうど僕の腰の高さにまで下げた頭に目掛けてミドルキック。


 本当は顎を狙って脳を揺らそうと思っていたけど、上手くいかず頬を打ちつける。

 蹴り飛ばした相手は壁にキスして沈黙したから結果オーライ。2人目。


「このクソガキが!」


 仲間が2人やられて激昂した男が斬りかかってくる。

 剣の間合いに入る前に僕は鉄パイプを投げつける。


「ぬぅっ!」


 流石に反応されて鉄パイプは弾かれるけど、その隙に僕の方から詰め寄ってボディブロー。さらに肘鉄を鼻っ柱に叩きこむ。

 呻く相手は反撃として柄頭で殴ろうとしてくるが、剣を握る手首を持つことで防ぐ。

 内腿を蹴って、ガクンと身体が落ちた所を掌底で顎をカチあげる。

 ガチンと歯を鳴らした男は頭から地面に倒れ込んだ。3人目が終了。


 ちょうど吹き出した蒸気が止まり、煙が晴れると最初に倒した男も地面に伏せていた。

 倒した相手が起き上がってくる感じは今の所ない。

 ……なんとか倒せた。けど、まだ油断しちゃいけない。

 弛緩しそうになる気持ちを引き締めて、新しい鉄パイプを拾い、最後に残った男へ突きつける。


「あとはお前だけだ」


 だが、仲間がやられても動揺する気配を見せていない。

 他3人と戦っている時に静観していたことから、そもそも仲間じゃなかったのか、それとも1人でも十分だと思われているからか。

 さっきまで戦っていた荒くれ者たちとは違う、一筋縄ではいかない相手だと認識させられる。


「やるな、坊主」


 ボタン1つでミサイルが飛んで更地にする地球と違い、剣を用いて接近距離(クロスレンジ)の戦闘が主流の世界だ。

 航空ギルドでも荒事の対処が求められるから、訓練を受けたりしていたんだよ。実践は初めてだけど。

 もちろん、そんなことを話すつもりはない。


「……なんで、その子を狙う」

「先程も言ってただろう。ギルドからの依頼だとね。この少女が何をしたか知らんよ」

「それは嘘だ。誤報や捕縛ミスを回避するため、罪状が分かっていなければ警備ギルドへの依頼として成立しないはず」


 総合ギルドの規則に対する厳しさは、僕はよく知っている。

 ケイリイさんーー総合ギルドの人たちはそんな雑な仕事はしない。


「ギルドの関係者か。これは厄介……全く、見張りは何をやっているのやら」

「喋る気がないなら、無理にでも吐いてもらう……!」


 明確な証言はしていないが、何か悪どいことをしていると言っているようなものだ。

 相手は残り1人。

 奇策とはいえ3人を戦闘不能にして調子に乗っていた僕は、真っ直ぐに突進した。


「なおさら、お前には消えてもらわなければなーー水流飛刃(アクア・エッジ)

「うあっ!?」


 何かの名称を唱えたら、相手の右の掌に水色のオーラが集まっているのが見えた。

 マズいと思った瞬間に上体を反らすと、頭があった場所に高速回転する刃のような水が通り過ぎた。


 避けた魔法は後ろでズバッと何かが切れる音が聞こえる。

 振り向いて確認すると、レンガ壁に結構深い切れ目が刻まれていた。


 ……危なかった。魔法ギルドの手伝いをしていたから魔法の発動を認知できたけれど、あと少し避けるのが遅かったら首チョンパだった。


 相手は魔法使い。しかも農業用の水魔法(アクア)じゃなくて、高圧をかけた水を高速回転させて威力を上げた戦闘用の魔法だ。


「よく反応したな。魔法自体も見たことがあるようだしーー次から遠慮なくやらせてもらおう」


 その言葉に偽りはなく、続けざまに刃が射出された。


「おおおっ!」


 刃の速さがそこまでじゃないのが幸いだ。

 直撃コースのものを正確に見切り、手に持った鉄パイプを振るう。

 確かな手応えとバシャッという音と共に、ただの水飛沫に変える。


 だが、数がやたら多いし、不規則に飛んでくるため手を緩める暇がない。

 絶え間なくやってくる魔法に対処が精一杯で、全く前に進めない。


「粘るな……では次の魔法だーー水流捕縄(アクア・ウィップ)


 こっちは一生懸命に迎撃しているのに、追加で新しい魔法!?

 相手の左の掌から何かが伸びてくるのを目で捉え、鉄パイプでハタキ落とそうとするがーー今まで通り水飛沫を弾けることなく、水でできた縄がそのまま鉄パイプに絡まり動きが制限されてしまった。

 すぐさま解こうとするが、まるで蛇口から流れ出る水を捕まえられないが如く、掴むことができなかった。


 向こうは鞭のように使えて、こっちは水だから触れない。

 どんな原理なんだよ。物理法則よ、仕事をしてくれないかなぁ。


「っ!? 危なっ!」


 しかも、水の刃は依然として飛来してくる。

 すぐに鉄パイプを手放して後ろに下がると、僕がさっきいた場所には刃がハイエナのように殺到していた。

 鉄パイプに固執していたら、切り刻まれていたかも。

 

「良い判断だ。だが、武器を無くして手詰まりかな?」


 様子見をしているのか? 相手は追撃を仕掛けてくることはなかった。

 僕を採点しているかのような上から目線に腹が立つ……今すぐその余裕な態度を崩してやる。


「……なら、僕の”魔法”を見せてやりますよ」

「ほぅ、ご同類だったのか。どんな魔法か楽しみだ」

「少女を誘拐するようなやつに、同類と言われたくはない!」


 本当なら私闘での魔法使用は厳罰の対象となるが、ここなら誰も見ていないし大丈夫か。


 魔法を使わずに撃退しようかと考えていたけど、魔法使いがいるとなると話が変わる。

 自由な発想で様々な攻撃手段が魔法の特徴だ。次に何が飛び出てくるか予想がつかない。

 魔法には魔法で対抗しないと。出し惜しみをしていたらこっちがやられてしまう。


 ちょっとだけ心配なのは、僕の魔法はこの場所で扱うには狭すぎるのだ。

 まだ上手く制御できていないから、周囲に大きな被害が出る可能性もある。


 以前トリトンさんに教えてもらっていた時なんて、僕の魔法が魔法ギルドの建物の壁を3枚もブチ抜いてしまった。

 マンガかよってツッコミたくなったけど、やったのが僕自身だからシャレならなかった。

 その時はトリトンさんが取りなしてくれたお陰で、大騒ぎにはならなかったが……。


 そんな過去があり、下手に物を壊してギルドに請求されでもしたら……ちょっと困る。

 勝負に勝ったのに破産なんてゴメンだ。

 お金はとても大事。異世界に来て、仕事をして学んだことだ。

 

 向こうが先に魔法を使ってきたのだから請求は相手持ち。

 少女を誘拐しようとする相手が悪い。

 それで問題ナシのはず。

 

 さぁ、暴れてやるか。

 僕は自身の持つ魔法の名を唱える。


「発動ーー重力魔法(グラビトン)

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