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第4話 出会い

 前回の話で出てきた”魔力持ち”について話たいと思う。

 この世界、エル・ド・ラドでは魔法が存在する。


 簡単な話、魔法を行使できる者を”魔力持ち”や”魔法使い”と呼ばれる。


 ーー魔法。

 地球ではあり得なかった”力”。

 体内に溜め込んだ魔力を練り上げて自身のイメージを通じて体外に放出することで、様々な現象を引き起こす。

 想像力次第でなんでもできる、無限の可能性を秘めた夢のような技能だ。


 なんというかさ……チグハグだよね?

 僕の知っている物理っぽい力が働く蒸気機関のリアルな部分とイメージで超常現象を起こす魔法のファンタジーな部分が混ざり合ってる。

 いやはや、これが異世界なのかな。 


 もちろん魔法にはそれなりの制約がある。じゃなきゃ蒸気機関が発達するはずないよね。

 1つ目、体内に保有する魔力量は個人差がある。使う魔法が強大になればなるほど、比例して消費する魔力も多くなる。まぁ、当たり前だよね。

 2つ目、1人につき1種類の魔法しか使えない。魔力ってのは指紋みたいに人それぞれ違うらしく、それに相応う魔法しか使えない。

 3つ目、使える人が限られてる。誰でも使える訳ではなくて、僕のような人間種(ヒューム)でも3割ほど。ケイリイさんのような獣人種は全く使えないらしい。逆に全員が魔法を使える種族もいるってさ。

 ん? 名前ぐらい知っているんじゃないのかって? もちろん知っているよ。でもネタバレはあんまりしないからね。


 以上の点から、魔法を使える人が少なく、しかも種類が限定されちゃうから生活の中心にはならず魔法以外の技術が必要になった、という訳だ。

 なぜ魔法を使える人とそうでない人に分かれるのか、その辺りの話は追々するよ。

 さて、魔法もあるのに蒸気機関が発達した世界の不思議な異世界事情は一体どうなっているのか、その一端を話そうかーー。



 ◇



 ーーエルマー国:東部にある田畑区画ーー


「本当に、魔法って不思議だなぁ」


 僕はそう呟きながら、目の前の奇跡を眺めていた。


 今いる場所は、エルマー国の東部に位置する田畑区画。

 エルマー国の食糧事情を担う大切な場所であり、ギルドに振られた仕事場所だ。


 地球とほとんど変わらない立派な畝が耕された畑には農作業など似合わない白いローブを着た、まさに王道の魔法使いのような人たちがいた。

 いや、”ような”ではない。本当に魔法を使う人たちなのだ。


 農夫のような精悍さはなくて、土汚れとかを嫌いそうな貧弱そうな見た目をしていて、あんな格好でどうやって農作業するのかと思っていると、何と手から放水して水やりを行っているのだ。薄らと見える虹が綺麗だ。

 別の畑を見れば、鍬などの農具を一切使わずに土を掘り起こしていた。固い土がボロボロ崩れていくのは何か小気味良い。

 手品としか見えないけど、よく見ると掌や耕されている畑に神秘的なオーラがと覆っていた。

 そのオーラを起点に不思議な力が顕現していた。

 

 魔法って戦闘のための手段ってイメージがとても強い。もちろんこの世界でも傷付けるための攻撃魔法はある。

 でもこの長閑な光景を見れば、あくまで日常生活に寄り添った技能の1つだと認識させられる。


「やぁ、ソータ君。いらっしゃい」

「お疲れ様です、トリトンさん。今日もお手伝いの方をさせていただきます」

「うん。ケイリイ君からも聞いているよ」


 声をかけてくれたのは、ヒョロ長い身体に肩にかかるぐらいの長髪と眼鏡を掛けていて科学者に近い装いのトリトンさん。

 畑に水やりをしている作業員以上に青白い肌で、まるで幽霊のような見た目をしているが、実は魔法を扱う”魔法ギルド”の長を務めている。

 ちなみに魔法ギルドとは、魔法を使った公共事業や魔法と蒸気機関を組み合わせた新しい技術の開発・研究を行なっている場所だ。

 そこのギルマスって呼ばれるトリトンさんだけど、偉ぶることなく現場に出て作業を一緒に行ってくれる気さくな人だ。


「しかし、また魔力供給ですか? 一昨日に南の方でやったばっかりだというのに」

「近くで大きな雷雲が確認されたから今のうちに食糧の貯蔵を行いたいと、上から作物の育成を急かされていてね」

「雷雲ですか?」

「嵐が来るかもと予想されているんだーーだから、今日もよろしくね」


 案内された場所には、透明な水晶なようなものが埋め込まれた装置があった。

 魔法が使えない人でも魔法の効果使える”魔法道具(マジック・アイテム)”というやつで、これの開発を魔法ギルドが行なっているのだ。


 見た目は井戸水を汲み上げる懐かしの手押しポンプのようだけど、構成されている歯車とか蒸気機関がどう魔法と組み合わさって動くのか全く予想がつかない、前世のスマートな電子機器機器とは違う無骨で未知な機器だ。


「仕事だから仕方ないですけど……」


 使いかたは簡単。

 水晶に触れて魔力を流すと特定の魔法に変換されて、装置内に溜まっていく。

 後はスイッチを押すだけで、勝手に動いてくれる。

 わお、簡単! さぁ、やってみましょう!


「……っ!」


 だけど、この魔力を吸い取られる感覚が嫌なんだよね……。

 身体の元気? 見たいのがごっそり抜けていって、すごく疲れる。

 肉体的でも精神的でもない、けれども分からない何かが疲れる不思議な感じ。

 

「ふぅ……とりあえず終わりました」


 起動させると、水の飛沫をゆっくり回転しながら周囲に撒いていた。

 こいつスプリンクラーだったのか。

 この装置はあと10台ぐらいか……問題なく終わりそうだ。


「いやぁ、ありがたい。この国の魔法使いの数は少ないからね。魔力持ちには少しでも手伝ってもらえると、食物生産を行う魔法ギルドとしては非常に助かるよ」


 蒸気機関があるのに、何故に魔法で農作業をするのか。

 それは、魔法にしかできないことがたくさんあるからだ。

 土を耕したり、水を生成したり、植物を成長させたり……などなど。

 前世の”科学”に近い技術を持つ蒸気機関でも育成はできるが、魔法の方が圧倒的に効率が良い。

 通常の手順を吹っ飛ばして、しかも美味しい野菜とかを作れる魔法はやっぱり摩訶不思議な技術だ。


 だったら魔法道具を量産して、どんどん生産すればいいじゃないっていう話になるけど、動力となる魔力を使える人が少数なため、一般に出回ることはほぼない。国やギルドといった大規模な組織が運用しているに留まっている。

 故に一般家庭での生活ーーーー湯沸かしや洗濯、料理といった家事ーーーーでは国の中枢から配られる蒸気を使った蒸気機関の文明が発達している。


「さて、あと29機ほど頼むよ」

「29機!?」

「どうにか頼むよ。このスプリンクラーが使えれば、水魔法(アクア)使いの人たちの負担が減って、他に回せるからさ」


 水魔法使いの人たちの仕事は畑への水やりだけじゃない。

 飲み水の生成から汚水の洗浄まで、上下水道の管理を請け負っている。

 正確な人数は分からないけど40人はいないと思う。それぐらいの人数でエルマー国5万人の生命の水を担っているんだから大変だ。

 くぅ、人の助けになる頼みは断りづらい……!

 だってトリトンさんも作業員の方たちも魔力の使いすぎで栄養失調かと思うほどげっそりしているんだよ? ここで断ったら悪人っぽくない? 流石にスルーはできない。

 この”頼まれたら断れない”日本人精神には自分でも辟易するが……断れないんだから仕方ない。



 ◇



 ーーエルマー国:中心街の道路ーー


「疲れたぁ……」


 なんとかスプリンクラー30機に魔力供給を終えた僕は、総合ギルドに報告を終えて自宅への帰り道を歩いている。


 疲れはした。だけど僕としては不完全燃焼感がとても強い。

 仕事を終えた達成感はあるけど、心の中には何かがつっかえている。


 原因は分かっているーー今回は魔力を垂れ流しただけで、魔法を使えなかったからだ。


 そう、僕も魔法を使うことができるのだ。

 ギルドに登録する際に、調べてもらって発覚したときはめっちゃ喜んだな。

 いや、だって、ファンタジーな力が自分にも宿っていると思うと興奮しない? 厨二病が再発しちゃわない? ”自分の封印されていた力が今、目覚める……”なんて言いたくなるよね? ……ならない?

 まぁ、厨二病は置いといて、魔法で空を飛べたらそれこそロマンというやつじゃないか。


 ただ、残念ながら研修期間だから航空ギルドで力を振るえないし、僕の魔法は農業に向いていない。だからこうして農業機器に魔力補充をするだけ。 


 魔法の扱いは先程のトリトンさんから教えを受けている訳だが、貴重な魔法使いであることからか、やたらと魔法ギルドに入らないかと勧誘される。

 嬉しい誘いではあるけど、都合のいい魔力タンクにされる未来しか見えないんだよなぁ。

 さっきの魔力補充だって”1日で終わらせるなんて流石だね”なんて、おだてられてもなぁ……。


 飛空船に乗せてもらえない、魔法も使わせてもらえない。

 しがらみから解放されて、病から抜け出せて、健全な生活を送っているのに何故かパッとしない心持ちだ。

 

 もう少しで研修期間は終了し、試験に合格できれば航空ギルドに入れる……はず。それまでの辛抱なのだ。

 だけど、心の片隅が拒絶? 反発? のような熱がチリっと弾ける。

 せっかく得た自由がこれでいいのか? と自分ではない自分が叫んでいるようだった。

 

「まぁ、少し鬱憤が溜まっているんだろうな」


 自分でそれらしい理由で納得させる。何かストレス発散できることないかな。


「ーーけて」

「ん?」


 何か人の声が聞こえた気がして足を止める。

 路地には蒸気を通す管や連動する歯車が剥き出しで張り巡らされていて、吹き出す蒸気音や歯車の動作音が常に聞こえているのだ。それらの音が偶然重なって聞こえた幻聴か?


「た……け、て……!」


 今度は確かに聞こえた!

 途切れ途切れだけど、銀の鈴のような澄んだ女性の声が助けを求めていた。

 ふてくされている場合じゃない、自分のことはまた後で考えよう。

 憂鬱だった気分をすぐさま切り替えて、路地に入ろうとすると横から男が立ち塞がってきた。


「……そこを退いてくれますか」

「ここから先は立ち入り禁止だ」


 でかいな。相手は2mぐらいの身長で筋骨隆々の大柄な体格をしていた。いかにも腕っぷしが強そうな見た目が、射殺さんばかりにこちらを睨みつけてくる。大抵の人はビビって近いたりしないだろうが、だからこそ怪しい。


「不審者を発見したとの連絡を受け、傭兵ギルドによる捜索が行われている最中だ。危険なのでこれ以上近づかないように」


 傭兵ギルドとは下請けに特化したギルドだ。

 本来は大規模な戦闘があった際の戦力として雇われる武装集団だけれども、日常的に戦争がある訳ではないので、持ち前の体力を手持ち無沙汰にしている所だ。

 例えば航空ギルドでも自前の戦力があるので、傭兵ギルドによる護衛を滅多に必要としておらず、戦力を持たない個人の商人とかが雇うぐらい。

 だったら普段は何をしているのかというと、各ギルドでどうしても人手が足りない時の助っ人要員として、掃除から落とし物探しまで金のためなら何でも行っているのだ。

 良く言えば”何でも屋”、悪く言えば”金にがめつい人たち”。


 そんな傭兵ギルドも参加しているのだから、捜索対象はかなり重要な人物なのだろうか。


 形だけの警告をしてきた胡散臭い傭兵ギルドの男が、1枚の板を取り出す。

 一見ただの銅板だが、ギルド員のみが持つギルドカードであり、表面に高蒸気圧で濃縮した特殊な薬品と血液が塗布してあるらしく、本人が触るとほのかに光る。証明証にもなる世界で1つだけの物だ。

 そして提示されたギルドカードが光っていることから本物だった。


「僕にはさっき助けを求める声が聞こえましたが?」

「何のことだ?」


 これ以上は言わんぞ、とばかり腰に差した剣の柄に手をかける。


「いえ、気のせいならいいんです。お仕事頑張ってください」


 人目があるここで争ったりしたらマズいので、適当な言葉でこの場を離れる。

 しばらくこちらを見続けていたが、興味が失せたのか周囲の警戒に戻った。

 視線が外れた所で影のかかった薄暗い別の路地に入る。


 猫の捕獲依頼の際に、路地はかなり走ったからな。

 噛み合いながら回る歯車や吹き出る蒸気に気後れすることなく奥へと進んでいく。

 

「どこだ?」

 

 声が発せられたであろう場所に来てみたものの誰もいなかった。狭くて陽の当たらない場所だ。声も反響するだろうし見当外れだったか。


 進む場所を決めあぐねていると、視界の端にキラリと光るものがあった。

 その方向に顔を向けると、陰気臭い路地の中で眩い美しさを放つ金髪を見た。

 だが、流れる金髪の持ち主は確認する前にすぐに通路の角に消えてしまった。


 まるで幻想を見たかのような一瞬だったが、助けを求めた本人だと分かった。

 野太い声と共に男たちが後を追いかけていたからだ。


 すぐに僕も行動に移す。気づかれないよう適度な距離を保って、追跡を行う。

 プロの尾行と比べるのはおこがましいものだが、見張りがいる安心からか、こちらに気づくことなく後を追えた。


 何回も路地の角を曲がり、周囲のほとんど建物の壁で陽の光がほとんど入らない場所へ入り込んでいく。

 しばらく尾行を続けていると、男たちの追い詰める速度がゆるんだので、物陰からそっと様子を窺うとーーそこには4人の男に囲まれて逃げ場をなくした少女が震えていた。

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